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ナルシスの華
『日本語はなぜ美しいのか』(黒川伊保子/集英社新書)というタイトルを一瞥して「嗚呼、また保守の慰撫本か」と書店で独り毒づく私自身は、逆に相当毒されてきたのかもしれない。

「感性アナリスト」という訳の分からない肩書きが失笑を誘う著者紹介によれば、「コンピューターメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばを研究」したと得意満面だが、実力/才能の無い者ほど出生や経歴を飾り立てたがるものであるから、読む価値が有るか無いかはプロフィールに目を通せば判断が出来る。
当然、この本は「読む価値ゼロ」なのだが、大量に出版され続けているクダラナイ右派の最低レベルの亜流として、立ち読み/流し読みをした上での「感想」を述べておきたい。


「特殊性」を希少で価値のあるモノとして置き換え、変幻自在のこじつけ/屁理屈/時には改竄によって、世界に類稀なる「美しさ」「崇高さ」「優秀さ」を持つ、と短絡的に結論付けるところは保守派の幼稚な論理と同じであり、日本独特の情緒や風土といった陳腐な記号を使えば、全ては説明が付くと能天気に考えている点も、ほぼ共通している。

だが、少し読み進めば解るのだが、この著者には大それた愛国心の啓発本を書くつもりなど無かったらしい。
否、それを意図した痕跡はあるのだが、如何せん著者には肝心の素養がそなわっていないのである。時に左派の戦意を喪失させるほどの狂信的デマゴギーを全開にして「神国日本を愛せ!!」と錯乱/絶叫する保守/右翼ほどの迫力が出せないのであれば、そもそもが根拠の無い主観に過ぎない「日本語は美しい」という命題を立証出来るはずもない。

例えば、次のような「考察」を読んで、心から感銘を受ける読者がどれだけいるのだろうか。

ただ、語感だけでいっても、「Good morning」は「おはよう」に比べると、暗く物憂げなのは事実だ。英語圏の人たちの朝は、日本人の朝より、少し静かに始まるようである。考えてみれば、このことばを生んだ英国は日本よりずっと緯度が高いので、日本のように、年中、朝の光が眩しいわけではない。冬などは、子どもたちの登校時間になってもまだ暗い。
実は、ことばは、このように風土とも無関係じゃないのである。眩しい朝を迎えることの多い日本人は、朝にアサASaということばを与えた。喉も口も開けるAに、舌の上に息をすべらせて口元に風を作るSの組合せ。まさに、爽やかな開放感のことばである。オハヨウも、ハの開放感が目立つ、弾むような挨拶語である。
黎明の中や、穏やかな陽光の中で一日を始める緯度の高い英国に住む人たちは、くぐもった発音の「Good morning」で挨拶をし合う。いたわり合いつつ、徐々に活動を開始するイメージだ。
もちろん、「Good morning」は、その組成から、語感ではなく、意味から創生されたことばであることは明確である。しかし、長きにわたって英国人が、このことばを朝の挨拶語に使ってきたことには深い意味がある。英国の人々は無意識に、「Good morning」の、鼻腔に響く、くぐもった優しさが英国の朝に似合うと判断したのであろう。


……全てが、この調子である。

この本では、ただ単に、母国語の「素晴らしさ」を思いつきで「分析」し、他国の言語と都合よく比較して、此の国の言葉(要は、日本人)がいかに特殊で「美しい」のかを、デタラメ同然の似非科学を延々と用いて、どれほど著者の自説が馬鹿げたものかを明らかにしてくれるのみである。

己の確たる思想も無いのに、恋愛と同等の「感情/気分」で言語や社会を語られても、説得力があるはずがない。
スカスカの改行だらけ。情緒など一切感じさせない口語体多用の文章で「日本語の美しさ」を綴っているのは何かの皮肉なのだろうか(著者自身は自らの文章を「美しい」と思っているらしが)。

黒川伊保子が著した他の本(タイトルのみで充分)を見れば解る通り、「脳や言語の研究」を経た上での著作活動という大風呂敷を拡げた先にあるのは、たかだかド素人向けの「恋愛ハウツー本」止まりである。
今までの黒川にとって、占いやオカルトが好きな連中以外には見向きもされない「研究成果」が主たる「発表」であったのだから、この著作に懸ける意気込みはさぞかし凄かったのだろう……という読者の期待(あればの話だが)は、いとも簡単に裏切られることとなる。

同書の宣伝文句から拾えば、
「「発音体感」つまり言葉の語感の大切さに着目した画期的な日本語論である。日本語はなぜ美しいのか。実は、母音を主体に音声認識する言語は、世界的にみても日本語とポリネシア語のみであり、その他の欧米及びアジア諸語は、すべて子音主体で音声を認識している。日本語は希有な言語なのである。本書は、この日本語の特殊性をふまえて、情緒の形成という観点から、ある個体の脳が最初に獲得する言語である母語の重要性と早期英語教育の危険性を説き、風土と言語の関わりから言葉の本質に迫っ」たらしい。

著者よりも、この「見事」なPR文を書いた編集者の方に才能を感じてしまうぐらいだ。
全ての価値基準に、書き手の勝手な思い込みと好き嫌いを適用し、「早期英語教育の危険性」というもっともらしいフレーズも、単に著者のアメリカ嫌いに起因するのだから恐れ入る。つまりは、似非保守/自称右翼とさして変わらない価値判断のモノサシと同じなのである。
黒川伊保子は、どうやら日本語が失われていくことに危機感を覚えているらしいのだが、その根拠がさっぱり理解出来ないというのも、「伝統や文化を守れ」と叫ぶ保守/右翼の中途半端で自己完結的なルサンチマンと酷似している。


究極は「結び」の章だ。
何の脈絡も無くオスカー・ワイルドの童話『幸福の王子』に言及し、驚愕の考察を行なっているのだが、見事なまでに黒川伊保子の「限界」を露呈し、論旨は破綻していく。

曰く、「幸福の王子」像は町にとっての「産業資源」であった。自己犠牲の精神(黒川は「ナルシズム」だと断定する)に溺れるよりも、「幸福の王子」自身が見世物としての存在価値をわきまえて、町の人々に観光資源としての活用を促すべきであった、と説くのである。そして眼前の「不幸」だけを救済しただけに過ぎない「幸福の王子」に「欠けていたのは、生きる力」であり、「今日を生き抜く力、すなわち事業力だ」と意味不明な自論を展開する(……もはや『日本語はなぜ美しいのか』という主題など放り投げて、黒川伊保子は自分の「美しい」文才に酔いしれるのである。ナルシストなのは己自身であろう)。
続けて黒川は、『幸福の王子』を「献身と滅びの美学」として本来は読み取るべきだと述べ、即ち「美学」とは「明日を活かす力」であると、誉めているのか貶しているのかさっぱり解らない、どこまでも手前勝手な結論へと導いていく。町の子どもたちは、己の「美学」に殉じた「幸福の王子」を「美しい」と感じ、「明日を生きる力」へと繋がっていくらしいのだが、まるで何処かの保守論壇の「英霊」信仰を下手糞に焼き直したかのような黒川のセンスは退屈極まりない。

……ワイルドが『幸福の王子』で根源的に描き出したのは、人心の欺瞞と虚栄の愚かさであろう。
それを、町の繁栄は「産業資源(幸福の王子像)」の有効活用にあると断言し、資本主義社会でどう生き残るか、などと三流の「ビジネス指南」に結びつける著者の感性は悲惨であり、支離滅裂である。貧困な読解力/構成力/表現力しかないのに、格好付けて「文学」を語り、ことごとく失敗しているのだから、醒めた読み手にはかなりの忍耐力が要求されるだろう。


大上段に「日本語はなぜ美しいのか」と構えてはみたものの、継ぎ接ぎだらけ/偏った知識では優れた考察が生まれるはずが無い。右派論壇から「お声がかかる」のを待っているのかどうかは知らないが、噴飯モノの似非科学で日本/日本語の「美しさ」を讃えても、「阿呆か」の一言で片付けられてしまうのがオチなのである。
この著者に取り巻きがいるのなら、「頼むから、襤褸を出さないように軽い恋愛モノだけを量産してくれ」と助言すべきではないのか。

例え著作の内容が無茶苦茶であろうとも、マスメディアに受けの良い題材をテーマとし、それなりの経歴(仰々しいだけで中身の無い前歴や生い立ち)を持つ書き手であれば、一時的にはテレビや雑誌で紹介される機会を持ち得る。
「有名人」の仲間入りを果たし、みっともない成金として世に出たい書き手であれば、そのチャンスを最大限に活かすことは、テレビの「ワイドショー」番組でシタリ顔で惚けたコメントを繰り出す自称作家や評論家が実証済みである。
それらの「文化人」が辿る歩みは、ほぼ決まっている。能無しタレントと幾つか呆けた対談して「顔」を売り、どうしようもない雑文を雑誌に書き殴り、恋愛や人生相談で偉そうに喋っていれば、処世の第一歩は「成功」したも同じだ。あとは、企業や政党のお抱えタレントとしてニーズに合わせた愛国的で資本主義社会謳歌の言説を垂れ流せば、カネは懐へと転がり込み、肥大化する自己顕示欲は充分に満たされていく。楽なものだ。



では、『日本語はなぜ美しいのか』という保守まがいの本を一行で要約しておこう。
……「日本語(日本)の“美しさ”を誇れる、私の感性こそが“美しい”」

つまりは、その他大勢の右派による自己陶酔型で自慰的な日本讃美論と本質は同じであり、彼らの眼前には常にナルシスの群生が拡がっているのである。



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沈黙の雪
焼け爛れた「希望」。
弾痕からは、生暖かい鮮血が止め処なく滴り落ち、数多の抜け殻を染めていく。

低く垂れ込めた天上から舞い落ちる透明な結晶は、時に白く、時に紅く、
荒廃した地上の硝煙と血を乱反射しつつ、横たわる屍の唇を、白く、紅く、ふちどる。
死灰の街は、束の間の安息という幻影に揺らぎ、霞み、打ち震え、
再び取り戻したはずの「希望」の中に、
馴染みとなった紛うこと無き「恐怖」の因子を認め、驚愕する。



果たして、
「希望のしるし」なのか、それとも「絶望の予兆」に過ぎないのか。

……降り続く雪は、ひたすらに沈黙する。

バグダッドで100年ぶり降雪=「希望のしるし」とイラク市民

イラクの首都バグダッドで11日朝、厳しい冷え込みの中、数時間にわたって雪が降った。政府気象局は「約100年ぶり」としており、治安の悪さに悩む市民の中には「希望のしるし」と喜ぶ人もいた。
ロイター通信によると、警察官のファディルさんは「これは希望のしるしだ。イラク人たちが心を清め、政治家たちも国民の繁栄のために働くようになれば」と話した。雪は地面に落ちると同時に解けた。
バグダッドでは、イスラム教シーア派とスンニ派の宗派間抗争などで治安が極度に悪化、多くの犠牲者が出た。治安は改善傾向だが、市民の苦境は続いており、人々は雪の純粋な美しさに、平和到来への希望を重ね合わせているようだ。【2008.1.11 時事通信】

バグダッドで雪 過去100年で初めて 市民ら、平和や幸せ祈る

イラクの首都バグダッドで11日早朝、雪が降った。フランス公共ラジオによると、イラク気象当局者は過去100年で初めての降雪と話しており、ほとんどの市民にとっては初めての経験。淡くちらつき、間もなくとけて消えていった雪に、市民らは平和への願いを込めた。
この日はイスラム教休日の金曜日。雪は夜明け前から降り出し、数時間続いた。販売用のパンを焼くため早朝に起床したシーア派のカシム・アリさん(41)は雪が降っているのを見てびっくり。「幸先が良い。近ごろまたテロが増え始めていただけに、今年こそ平和で幸せな年であるようにと神に祈った」と話す。
キリスト教徒のハニ・ファリスさん(30)も「美しい雪は幸運と平和の象徴。雪がテロなどの暴力を消し去ってほしい」と願いを込めたという。イラクでは山岳地帯を抱える北部のクルド人自治区以外で、雪が降ることはほとんどない。【2008.1.11 共同通信】


……記者たちは、何故かくも感傷的な文章を用いたのか。
まるで、彼方の地で今も嘆き続ける人間の心象と重ね合わせよ、とでも云わんばかりに。

“淡く、ちらつく雪。純粋な美しさ。幸運と平和の象徴。”

だが、
其処には、此の地に「絶望」をもたらした大量殺戮者の影しか視えない。
殺人者は血塗れの両手を翳し、すでに紅い雨の降り続いている一面の瓦礫に向かって能天気にも叫ぶ。
「希望が戻っている!」と。

薄く紅潮した唇を震わせて屍が応える。
「……ここで、終わりだ」

イラクの治安改善を強調−軍撤収も順調と米大統領

【クウェート市12日共同】ブッシュ米大統領は12日、クウェート市南部の米軍基地を訪れ、イラク駐留多国籍軍のペトレアス司令官らからイラク情勢に関する最新報告を受けた。大統領は「イラク全土に希望が戻っている」と述べ、米軍増派による治安改善をアピール。3万人規模の増派部隊撤収が既定方針通り、順調に進んでいるとの認識を示した。米政府は昨年9月の司令官の提言に基づき、部隊撤収に着手、今年7月までに駐留水準を増派前の13万人規模に戻す方針。大統領は追加削減について「(治安)状況に基づいて判断する必要がある」と述べ、3月に示される司令官の新たな提言を踏まえて決定する意向を示した。
大統領は「イラクは1年前とは違う場所になった」と述べ、国際テロ組織アルカイダの系列武装組織によるテロや宗派間抗争などが「大幅に減った」と強調した。【2008.1.12 共同通信】


虫ほどの知能も持たない此の男が、アフガニスタン/イラクを崩壊させた罪過を悔いる筈も無く、次の標的となるイランを「世界で一番のテロ支援国家」と独断して「テロの親玉」たる覇権国家の狂った「正義」をまたも振り翳している。

ジョージ・ウォーカー・ブッシュが為したのは、次の如き「歴史的事実」のみである。

暴力によるイラク人死者、15万人超 イラク戦争以後

世界保健機関(WHO)は9日、03年3月のイラク戦争開始以来、同国内で戦闘や宗派間抗争などの暴力で死亡したイラク人は15万1000人にのぼると発表した。イラク戦争以降、同国では暴力が最大の死因になったとしている。
調査はイラク政府と共同で06年後半、イラク全土で1万800世帯を対象に実施、9345世帯から回答を得た。死者が出た家庭は激しい戦闘や抗争に巻き込まれて避難民などになり、調査対象から漏れている事例が多いことから、推計に幅を持たせている。最大では22万3000人が死亡した可能性があるという。
イラク戦争1年目は1日平均128人が死亡し、2年目は115人、3年目は126人。死者の半数以上がバグダッドに集中していた。
報道や病院情報をもとに死者数をまとめているボランティア団体「イラク・ボディー・カウント(IBC)」の推計では昨年12月1日現在で最大8万7792人。今回の調査結果はこれをはるかに上回る。一般市民の死者数だけを集計するIBCに対し、WHOは戦闘員と非戦闘員の区別をしていないが、死者の大半は非戦闘員だという。
イラクの死者数については治安が安定しないため正確な把握が難しい。WHOのアリ統計専門官は「さまざまな限界はあるが、これまでの死者推計で最も信頼できるものだと思う」としている。【朝日新聞 2008.1.10】

07年の米兵死者、過去最悪の901人 イラク

イラクでの米兵の死者数が07年12月は23人と、04年2月の20人に続いて2番目の少なさを記録した。米軍増派戦略が効果を上げ、治安が回復している傾向が裏付けられた形だ。だが07年全体では901人と、過去最悪だった04年の849人を大幅に更新した。 米国防総省の発表をもとにデータを集めている民間団体「イラク多国籍軍犠牲者集計(ICCC)」によると、昨年10〜12月の3カ月の米兵合計死者数(戦闘以外の理由も含む)は98人と、四半期でみて過去最少。過去最悪だった昨年4〜6月の331人から大幅に減った。
治安の改善は、西部アンバル州や首都バグダッドの一部で特に顕著。だが、イラクの民族・宗派間対立の解消という政治的な恩恵をもたらすまでには至っていない。イラク駐留米軍のペトレイアス司令官は昨年12月、過去6カ月で暴力の水準は6割減となった、と述べたが、「誰もまだ危機を脱したとか、トンネルの出口に光が見えるなどとは思っていない」と楽観論をいましめた。
    ◇
AP通信によると、イラクで07年にテロや武力攻撃などで死亡した民間人は、前年を3861人上回る1万6232人にのぼったことが、イラク政府のまとめで分かった。また兵士432人と警察官約1300人が死亡した。07年下半期はテロや攻撃が減ったが、上半期に大規模テロが相次ぎ、死者数の増加につながったとみられる。【朝日新聞 2008.1.2】


いったい、何処に「希望」があるというのか。
其の大半が「非戦闘員」である15万人にも及ぶ人間の生命を奪って手に入れる「希望」に、いったいどんな「価値」があるというのか。イラク侵略後、一日平均100人以上の人間が殺され続けてきた紛うこと無き悪虐を相対化することなど、決して出来はしない。

幻覚症状の只中で闇の回廊を彷徨い続けるブッシュJr.の妄言は留まることを知らず、次の如き唖然とする言動を延々と繰り返すのだ。

「アウシュビッツ、爆撃すべきだった」=ホロコースト記念館を訪問−米大統領

【エルサレム11日時事】ブッシュ米大統領は11日、エルサレムのホロコースト記念館を訪れた。記念館関係者によると、大統領はユダヤ人虐殺の悲惨さを伝える展示品が並ぶ館内を、目に涙を浮かべながら見学。随行していたライス国務長官に対し、「米国は殺害を防ぐため、アウシュビッツ(ユダヤ人強制収容所)を爆撃すべきだった」と述べた。
ポーランド南部にある「アウシュビッツ強制収容所」は、第2次大戦時にナチス・ドイツが行ったホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の象徴的存在。訪問を終えた大統領は「記念館は悪が存在する時、われわれは抵抗しなければならないと呼び掛けている」と語った。【2008.1.11 朝日新聞】


其の残虐非道ぶりに於いてもブッシュjr.一派の「手引き」となるナチス・ドイツ「アウシュビッツ強制収容所」を見学した「感想」がコレである。この凄まじいまでの無智/短絡思考には、もはや言葉も無い。此の卑しい男が流したという「涙」は、悲しみ/怒りの涙ではなく、「俺ならば一瞬にして強制収容所のみならず、街もろとも木っ端微塵に破壊したのに……」という悔し涙である。恐らく無二の親友となったであろうアドルフ・ヒトラーを懐かしみつつ、永遠に其の悪名を轟かせることを夢想しているのである。

もはや稚拙であるとか、知識や経験が足りないとかという生易しいレベルでは無い。
此の男こそ、根本から人間性を欠如した「狂人」と呼ぶに相応しい。其の腐乱した脳内では、モノゴトの唯一の解決方法は、無差別に大量の爆弾を撃ち込むことなのである。
幾ら罪無き人々が何万人と捕らわれていようと、其処に僅か数人の「敵」が潜んでいると「推察」すれば、即効空爆して殲滅する。たった一人の「敵」を殺すためには、何千・何万人の無辜の人間が巻き込まれようとお構いなし。何故ならば、其処に「悪が存在する」から。己に抗う者すべてを滅ぼすことこそ「抵抗」なのである。



現代の「悪」としての「象徴的存在」以外にブッシュJr.の価値は無い。
そして、其の飼い犬であるニッポン政府が声高に叫ぶ「平和/貢献」の愚行が、現代の「アウシュビッツ」ともいえるアフガニスタン/イラク人の無差別殺戮に加担している事実も失われはしない。


……イラクの地に舞い降りた雪は、煮え滾る怒りによって熱せられた大地によって、否応もなく蒸発していく。

そして
雪は闇を恐れて、ひたすらに沈黙する。

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狂乱の宴を前にして
……2007.7.29「参議院選挙」。
大方の「予測」通り自民党/公明党が惨敗し、安倍晋三は「予測」通り続投することを宣言した。今後展開されるのは自暴自棄に陥った安倍晋三演ずる孤独な自滅の舞……「狂乱の宴」である。

凡庸なる政治屋の一人へと舞い戻る最期の機会を、慈悲深き「国民」から与えられたにも関わらず、「退陣」することを即効拒否した此の男の両眼には、断崖の一歩手前で立ち往生し、暗い眼孔から涙を流して苦悩に暮れる哀れな己の姿のみが、今も変わらず映し出されている。

「基本路線については多くの国民のみなさまに理解していただいている」などと虚妄の独り言を人造人間の如く繰り返せざるを得ないのは、ちっぽけなプライド故に狂いっ放しの状況判断/歪み弛んだ思考回路のためばかりではなく、安倍晋三を傀儡として散々利用/担ぎ出した愚劣側近どもに対する「崩壊する時はオマエらも道連れだ」という身勝手極まりない恨み辛みが、此の男を頑なに突き動かしているからにほかならない。

……こんな筈ではなかった。
オレはプライドをかなぐり捨ててまで、「国民」に「助けてください」と哀願した筈なのに。

嗤わせるんじゃない。
飢えて死にゆく大衆の悲痛なる叫び声「助けてください」に対して、「持てざる者は死ね」と同義となる暴政/愚政を散々繰り返した挙句、己の都合の良い時だけ助けを請うという醜態を演じた政治屋どもは、漸く「実体化」した「国民」の怒りが、未だ「理解」できないというのか。



御用新聞は、地に落ちた与党の現状を嘆きつつ、次の如き苦しい弁明によって安倍政権を擁護した。

【37議席の衝撃】(上)「進むも地獄」首相の決断

……「困難な道であることは覚悟している。日本は改革を進めていかなければやっていけない」「ここで逃げてはならない。政治の空白は許されない」

首相は30日の記者会見で、続投の理由をこう説明した。首相は今、尊敬する幕末の志士、吉田松陰が好んで使った言葉で、自身もよく引用する「自らかえりみてなおくんば千万人といえどわれ行かん」という心境にあるのだろう。

……続投することで、これまで以上に批判の矛先が、首相個人の資質に向けられるはずだ。首相が繰り返し語る自らの「使命」を信じるのであれば、甘んじて批判を受け入れるしかないだろう。

社会学者、マックス・ヴェーバーは著書「職業としての政治」で、次のように指摘している。「どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ」

首相の信念と情熱、忍耐力が今、問われている。(阿比留瑠比)
【産経新聞 2007.7.31】より一部抜粋

あろうことか「マックス・ヴェーバー」の言説を卑劣エゴイストの我がままを庇うための詭弁に悪用するとは、「流石」は反動メディアらしい破廉恥ぶりであるが、「政治への『天職』を持つ」人間が安倍晋三とは真逆であることは何よりも明白であろう。右派としては、最近の保守/反動体制の混迷/失速ぶりに無常観さえ感じている、というところか。


今現在問われているのは、脆弱で不誠実な卑怯者/安倍晋三というの人間の「信念と情熱、忍耐力」ではない。「民主主義」を冒涜し続ける政治屋を前にして、それでも尚「闘い」に赴く我々一人一人の「信念と情熱、忍耐力」こそ問われているのである。

手前勝手な悲劇のヒーローを演じる三流役者はブザマな自尊故に間もなく自壊するだろうが、第二、第三の小泉/安倍の登場を封じる手段は、少なくとも今回の選挙によって明らかとなった筈である。


此処しばらくは政治屋どもによる醜い覇権争いが繰り広げられるだろうが、其の「狂乱の宴」の合間に我々が為すべきこととは、どこまでも根源的に問い直し続け、意志表示し続けることである。此の選挙で全てが「終わった」のではなく、ようやく「スタートライン」へと立ち戻ったに過ぎない。


「責任」という言葉の意味も「理解」出来ない男が発した「逃げてはならない」。
……ならば追い詰め、粉砕するまでだ。
「逃げてはならない」とは、我々自身こそ採るべき姿勢なのだから。


Der Untergang : comments(1) : trackbacks(12) : kikyo
崩れゆく墓標
下記の報道をひと通り読み終え、軽い目眩を覚えた。

次いで、もはや馴染みとなった煮え滾る怒り。
……こんな奴らが平然と「教育者」ヅラ出来る此の国の暗澹たる情況には改めて愕然とするしかない。子どもたちの未来を「殺す側」の「品格」無き下劣プロパガンダの「見本」として、「活用」する以外にいったいどんな価値があるというのか。

子どもたちの側に立って供に苦闘し、「問題」解決への道を探る深い思索も、
子どもたち一人一人の弱さを受けとめ、互いに愛情を育みながら、真摯に未来へと歩んでいこうとする「希望」も、何ひとつ感じることのない此の「役所の作文」が目論むモノとは、またしても「国家への従属」ただ一点のみ、なのである。

<教育再生会議>「いじめ問題への緊急提言」を決定

政府の教育再生会議(野依良治座長)は29日午前、首相官邸で第3回全体会合を開き「いじめ問題への緊急提言」を決定、発表した。相次ぐいじめによる自殺を受け、いじめをした子どもに対する指導、懲戒の基準を明確にし、社会奉仕や別教室での教育など「毅然とした対応」を取るよう、学校に求めた。「いじめを見て見ぬふりをする者も加害者」との指導を学校が子どもに徹底することも促し、いじめに加担するだけでなく放置・助長した教員も懲戒処分の対象とすることを明記した。

安倍晋三首相は会合であいさつし、提言について「即実行できるものは実行する」と述べ、対策を急ぐ考えを示した。再生会議は、緊急提言を文部科学省や都道府県教委を通じて学校、保護者に呼びかける。
提言では「いじめは反社会的な行為として絶対許されない」との認識を強調。いじめた子どもへの懲戒、指導については「社会奉仕、個別指導、別教室での教育」を校内規律を維持する例として示した。懲戒では出席停止の明記も検討されたが、見送られた。池田守男座長代理(資生堂相談役)は終了後の記者会見で委員の意見が分かれたことを認めたうえで、「(出席停止も懲戒基準の)一つの選択肢としてあっていい」との見解を示した。
教員への処分については、児童・生徒をいじめた場合の処分を規定した東京都教委などを例に、全国の教委に同様の規定の導入を呼びかけた。(中略)

◆政府の教育再生会議が29日まとめた緊急提言は次の通り。

「いじめ問題への緊急提言」
すべての子どもにとって学校は安心、安全で楽しい場所でなければなりません。保護者にとっても、大切な子どもを預ける学校で、子どもの心身が守られ、笑顔で子どもが学校から帰宅することが、何より重要なことです。学校でいじめが起こらないようにすること、いじめが起こった場合に速やかに解消することの第1次的責任は校長、教頭、教員にあります。さらに、各家庭や地域の一人一人が当事者意識を持ち、いじめを解決していく環境を整える責任を負っています。教育再生会議有識者委員一同は、いじめを生む素地をつくらず、いじめを受け、苦しんでいる子どもを救い、さらに、いじめによって子どもが命を絶つという痛ましい事件を何としても食い止めるため、学校のみに任せず、教育委員会の関係者、保護者、地域を含むすべての人々が「社会総がかり」で早急に取り組む必要があると考え、美しい国づくりのために、緊急に以下のことを提言します。

(1)学校は、子どもに対し、いじめは反社会的な行為として絶対許されないことであり、かつ、いじめを見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底して指導する。<学校に、いじめを訴えやすい場所や仕組みを設けるなどの工夫を><徹底的に調査を行い、いじめを絶対に許さない姿勢を学校全体に示す>
(2)学校は、問題を起こす子どもに対して、指導、懲戒の基準を明確にし、毅然とした対応をとる。<例えば、社会奉仕、個別指導、別教室での教育など、規律を確保するため校内で全教員が一致した対応をとる>
(3)教員は、いじめられている子どもには、守ってくれる人、その子を必要としている人が必ずいるとの指導を徹底する。日ごろから、家庭・地域と連携して、子どもを見守り、子どもと触れ合い、子どもに声をかけ、どんな小さなサインも見逃さないようコミュニケーションを図る。いじめ発生時には、子ども、保護者に、学校がとる解決策を伝える。いじめの問題解決に全力で取り組む中、子どもや保護者が希望する場合には、いじめを理由とする転校も制度として認められていることも周知する。
(4)教育委員会は、いじめにかかわったり、いじめを放置・助長した教員に、懲戒処分を適用する。<東京都、神奈川県にならい、全国の教育委員会で検討し、教員の責任を明確に>
(5)学校は、いじめがあった場合、事態に応じ、個々の教員のみに委ねるのではなく、校長、教頭、生徒指導担当教員、養護教諭などでチームを作り、学校として解決に当たる。生徒間での話し合いも実施する。教員もクラス・マネジメントを見直し、一人一人の子どもとの人間関係を築き直す。教育委員会も、いじめ解決のサポートチームを結成し、学校を支援する。教育委員会は、学校をサポートするスキルを高める。
(6)学校は、いじめがあった場合、それを隠すことなく、いじめを受けている当事者のプライバシーや二次被害の防止に配慮しつつ、必ず、学校評議員、学校運営協議会、保護者に報告し、家庭や地域と一体となって、解決に取り組む。学校と保護者との信頼が重要である。また、問題は小さなうち(泣いていたり、寂しそうにしていたり、けんかをしていたりなど)に芽を摘み、悪化するのを未然に防ぐ。<いじめが発生するのは悪い学校ではない。いじめを解決するのがいい学校との認識を徹底する。いじめやクラス・マネジメントへの取り組みを学校評価、教員評価にも盛り込む>
(7)いじめを生まない素地をつくり、いじめの解決を図るには、家庭の責任も重大である。保護者は、子どもにしっかりと向き合わなければならない。日々の生活の中で、ほめる、励ます、しかるなど親としての責任を果たす。おじいちゃんやおばあちゃん、地域の人たちも子どもたちに声をかけ、子どもの表情や変化を見逃さず、気付いた点を学校に知らせるなどサポートを積極的に行う。子供たちには「いじめはいけない」「いじめに負けない」というメッセージを伝えよう。
(8)いじめ問題については、一過性の対応で終わらせず、教育再生会議としてもさらに真剣に取り組むとともに政府が一丸となって取り組む。
【毎日新聞 2006.11.29】


「予測」を遥かに上回る、低レベルの「提言(?)」であった。
「いじめ」の問題を、歪んだ「力関係」でしか捉えることができず、
「いじめた子どもへの懲戒、指導については「社会奉仕、個別指導、別教室での教育」を校内規律を維持する

などという、更なる「いじめ」の温床となる場を作り出して新たな差別意識を増長させ、「社会奉仕」を単なる「懲罰」の手段として悪用し、社会的弱者をも愚弄する。
悪い奴は隔離せよ。差別せよ。「再教育」せよ。社会で「いじめ」られている弱者へと「奉仕」させて「痛み」を共有させよ。一度「弱者」へと堕ちたなら、這い上がれないように「奴隷根性」を叩き込め。


しかし、
何処をどう「解釈」すれば、「いじめ撲滅/教育再生」に繋がる「提言」なのかは皆目不明だが、極右安倍晋三一派が用意した種本を表現のみ「緊急」に書き換え、「教育基本法改<悪>」成立を直前にして、「緊急」で発表する必要があった、という卑劣為政者どもの思惑だけはイヤでも「判る」。

権力者の顔色を窺い、従順なる意思を真しやかに伝え、私利私欲政治屋を喜ばす処世術のみには長けた「有識」者という名の汚い蝿どもが、与えられた泥を数時間だけ捏ね繰り回した挙句、「安倍晋三が本気で狙っているらしい“流行語大賞”受賞に貢献した証しを残すために、“美しい国”だけは入れなければ……」と、足りない頭を突き合わせて出来上がった無残なる塵屑の山は、或る意味「感動的」ですらある。(此の「緊急提言」文中に無骨に忍ばせた“美しい国づくり”という記号を視て、私は正直寒気がした)

「有識者」の面々とは、すなわち「<戦時>教育の再生」を補完する思想統制機関の代筆屋であり、極右政権にしがみつく貪欲なる下請け屋に過ぎない。何ひとつ役に立たない腐り切った自称「提言」を偉そうに振り廻しているが、子どもたちの側に立って、一度でも「真剣」に考えたのであれば、「目には目を…」的な短絡思考を「いまさら」持ち出してくるはずが無いではないか。所詮は寄せ集めの下請け屋がどれだけ集まろうが、現場の実態を知るはずも無い「大」企業のオヤジや強欲「文化」人、単なる客寄せパンダなどのエゴイスト/ナルシスト/凡人が集う「お茶会」に於いて、「成果」のある「提言」が成されるはずがないことなど最初から判り切っている。

其れを一番解った上で、連日のように愚劣パフォーマンスを繰り広げさせているのが、極右安倍晋三一派であるのだが、小泉純一郎から受け継いだ数多の体制側御用文化人「有識」者やカルト公明党「イケダ原理主義者」等の「猿回しの猿」を意のままに操れる「権力」を手中にして能面安倍晋三はさぞかし「ご満悦」だろう。

無智なる安倍晋三は、「教育再生会議/教育の目標及び目指すべき人材像」の中で次の如く放言している。

教育再生の最終的な大目標として、すべての子どもに高い学力と規範意識を身につける機会を保障すること、そして、そのために、公教育の再生や、家庭・地域の教育力の再生が重要であると考えております。
具体的には、まず第一に、質の高い教育を提供し、学力の向上を図る方策を御検討願いたいと存じます。必要な授業時間数を十分に確保し、基礎的な学力を確実に身につけさせることが必要であります。また、教員の質の向上に向けて、教員免許の更新制度を導入するとともに、学校同士が切磋琢磨し、学校運営をより良くするため、外部評価を含めた学校評価制度の導入が必要と考えております。
第二に、規範意識や情操を身につけた、「美しい人づくり」のための方策を御議論いただきたいと考えております。体験活動や奉仕活動を行ったり、読書に親しんだりすることにより、人間性や社会性を磨くことが必要であります。基本的な生活習慣を身につけ、学校の規律を確立することも求められております。さらに、我が国の伝統や文化について学ぶことも重要であります。
第三に、家庭や地域の教育力を高め、誰もが「家族、ふるさと、このすばらしきもの」と思えるよう、地域ぐるみの教育を再生するための方策を御検討賜りたいと存じます。子どもを育む家庭や地域の大人の在り方、すなわち、子育てや働き方、企業の在り方なども含め、政府全体、社会全体として取り組むべき事項についても取り上げていただきたいと考えております


過去現在を問わず、上記文言にある「教育」を否定し、嘲笑い、打っ壊してきたのは、自民党(現在ではカルト政党と結託した売国与党)であり、私利私欲/利権塗れで壊滅させた
「美しい」ニッポンの自然環境の「再生」を謳うことと同義の「見事」なまでの厚顔無恥/愚劣ぶりである。

貧困な語彙しか具えていない無能安倍らしく「規範意識や情操を身につけた、「美しい人づくり」のための方策」などと一つ覚えの「美しい」を連発し、美の観念を微塵も感じとることのできない「表現」によって、「有識」者どもを困惑させているようだが、「教員免許の更新制度」「学校評価制度」「体験活動や奉仕活動」「地域ぐるみの教育」等のキーワードが象徴しているように、すべてを「権力」つまりは時に暴力を伴なう圧制によって成し遂げようとする卑しい「権力者」の単純馬鹿っぷりを散々曝していることに、どうやら当人自体は「気付いていない」ようだ。

いじめを生む素地をつくらず、いじめを受け、苦しんでいる子どもを救い、さらに、いじめによって子どもが命を絶つという痛ましい事件を何としても食い止めるため、学校のみに任せず、教育委員会の関係者、保護者、地域を含むすべての人々が「社会総がかり」で早急に取り組む必要があると考え、美しい国づくりのために、緊急に(中略)提言します。

なんと空しく、阿呆らしい「提言」であろう。
さらに、鎖に繋がれたままの「有識」者は、「いじめ問題」を解決するために必要なこととは、下記の通りだと云うのだ。
いじめを生まない素地をつくり、いじめの解決を図るには、家庭の責任も重大である。保護者は、子どもにしっかりと向き合わなければならない。日々の生活の中で、ほめる、励ます、しかるなど親としての責任を果たす。おじいちゃんやおばあちゃん、地域の人たちも子どもたちに声をかけ、子どもの表情や変化を見逃さず、気付いた点を学校に知らせるなどサポートを積極的に行う。子供たちには「いじめはいけない」「いじめに負けない」というメッセージを伝えよう。


「いじめはいけない」「いじめに負けない」
……いじめる側もいじめられる側も、そんなことは「百も承知」である。

「いじめ」の「素地」となる「社会/情況」の根源的問い直し無くして、何が「教育の再生」なのか。社会的弱者を平気で見殺しにすることが当たり前の此の世界で、何が「いじめは反社会的な行為」なのか。大衆を嘗め切り、騙し、搾取し、都合の良い時だけ「善人」ヅラする者どもに、「負けるな」と云われるほど屈辱的なことは無いだろう。
嗤わせるんじゃない。

死にゆく子どもたちの墓標に唾を吐きかける石原慎太郎の如き鬼畜らを放し飼いにしている奴らが、傲慢にも上辺だけの「憐れみ」の情を示すことには虫唾が走る。


「いじめ問題」を「政治」に悪用する卑しい為政者よ。
これ以上、子どもたちに関わるな。
苦しんで死んでいった子どもの墓標に、金輪際近づくな。


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闇の奥へ 【其の弐】
彼方の国では、降り注ぐ殺傷爆弾によって一瞬にして五体を引き裂かれたまま絶命し、
海を挟んだ国では、貧困と病魔に侵されて悶え苦しみつつ「生まれてきた」ことを呪いながら夭折し、生きる尊厳よりも国家に殉ずることを至高の教えとする自称「美しい国」では、「生まれてきた」意味さえ自問できぬまま、ただ眼前の他者から逃れる為に、自らを殺す。

死にゆく子どもたちを前にして、為す術も無く驚愕するものの、次の瞬間には<復讐>を<カネ>に勘定し直す「保護者」。衝撃性のみを価値判断とし、尻馬に乗って<悲劇>を一過性の<カネの成る木>に変貌させる「マスコミ」。<単なる犬死>から<国家の為の死>という「散華」の大義へと戦時「教育の再生」を謀り、子どもの死体を骨の髄まで蹂躙する鬼畜「為政者」。


以下の記事は、愚劣なる国粋主義者の掃き溜めと呼ぶに相応しい安倍晋三一派と、似非平和を振り翳す強欲カルト公明党が主導する“「自由」と「規律」を知る、凛とした国”の極めて卑しく腐敗した在りのままの<姿>である。

子どもの権利条例 札幌市、提案見送り

■市議会最大会派  自民「まず義務を」
札幌市は今年度中の制定を目指す「子どもの権利条例」について、当初予定していた28日開会の定例市議会への提案を見送る方針を固めた。最大会派の自民党などが反対に回り、否決が確実な情勢だからだ。子どもの「権利」とは何なのか――。1年半続く議論に、結論は出ていない。
同条例は上田文雄市長の公約の一つ。昨年4月、市は教員や主婦らによる検討委員会を発足し、条例制定に向けて本格的に動き出した。会合は子どもや保護者、教育関係者への聞き取り調査など計115回にのぼった。今年2月には小中高生による「子ども委員会」も作った。5月に検討委が答申をまとめ、それをもとに市が子どもにとって大切な権利として四つの柱を盛り込んだ素案をまとめた。
上田市政で与党の民主党などは条例に賛成の立場だが、野党の自民党は反対姿勢を崩さない。公明党も「子どもの権利は大切だ」としながらも、「議論が足りない」と難色を示す。自民党が反対する最大の理由は、「権利よりもまず義務を教えるべきだ」という点だ。学校で教師が子どもを指導しても、「自分らしく生きる権利がある」と反論されるのではないか、などという懸念がある。同党議員会政審会長の笹出昭夫市議は「権利を主張し、わがままを通す子どもにどう対応するのか」と指摘する。
札幌市の条例の元になった国連の「子どもの権利条約」についても、笹出市議は「後進国の子どもたちの保護を目的としたもの。日本の現状にはそぐわない」という。これに対して市側は、「権利を与えないのではなく、行使する時に守るルールを教えることが大事」と反論。国連の権利条約についても「いじめや虐待など、子どもの人権侵害は依然としてある」と説明する。
市が市民から募った3500件余りのパブリックコメントでも条例への賛否を含め、様々な意見が寄せられた。「子どもの権利は憲法などで規定されており、条例にすることはない」との意見がある一方で、「権利を与えるとわがままになるというのは誤解。むしろ自律と責任感を促す」と、制定を望む声もあった。上田市長の現任期で残された機会は、来年の第1回定例市議会だ。子どもの権利推進課の杉本雅章課長は「様々な立場の意見を踏まえて条例案を作成し、第1回定例会での提案を目指したい」としている。

《キーワード》
◆札幌市子どもの権利条例の素案
子どもが自らの意思でのびのびと成長・発展していける権利を保障することを目的としている。対象は18歳未満。
子どもにとって大切な権利として(1)安心して生きる(2)自分らしく生きる(3)豊かに育つ(4)参加する――の四つを規定している。同様の条例は全国約30市町村で制定したり、検討されたりしている。
【朝日新聞 2006.11.19】



「権利よりもまず義務を教えるべきだ」などと、何ひとつ「国民」に対して「義務」を果たさない私利私欲自民党の税金泥棒は汚い唾を撒き散らして喋る。カネと欲で肥大化した虚栄の「カリスマ」池田大作を崇め奉るカルト公明党の破廉恥野郎は、子どもたちをも愚弄する台本に沿って僅か100時間しか「審議」していない「教育基本法改<悪>」ではなく、子どもたちも参加して1年半以上にもわたり未来の為に熟慮してきた権利条例を、あろうことか「議論が足りない」と切り捨てる。

子どもたちが「安心して」「自分らしく」「豊かに」育つ環境など、この程度の自称「先進国」の馬鹿が「議論」している限りは永遠に訪れないだろう。


更には、真正のド阿呆による下記の如き発言を連日のように「読まされる」側にとって、我が子に対して「美しい」ニッポンを愛せよ、とは口が避けても云えるはずがないのだ。

自民が弱いのは道民にも問題/武部氏

■自民が弱いのは…「道民の意識にも問題」
自民党の武部勤・前幹事長は18日、札幌市であった「自民党北海道政経セミナー」であいさつし、同党が昨年の衆院選で道内12選挙区のうち4勝しかできなかったことについて、「道民の意識にも問題がある」と述べた。
武部氏は小泉政権時代の構造改革について触れた後、「意識改革が一番遅れている。それは北海道じゃないか」と発言。党幹事長として采配し、全国では圧勝した昨年9月の衆院選について、「北海道は優秀な人材を並べて四つしか取れない。候補者が悪いだけじゃない。道民の意識にも問題がある。こう思って、次なる対策を考えなくてはならない」と語った。
【朝日新聞 2006.11.19】


干からびた腰巾着がほざく。
自民党支持者でなければ、人に非ず、と。

この程度の屑野郎が大口を叩ける「自由」さえも「権利」として認められているニッポンの有り様を「教える」ことこそ、子どもたちの教育に「有意義」であろう。


刻み付けろ、
自壊していく其のさまを。


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闇の奥へ 【其の壱】
此処数日にわたる極右/安倍政権の狂った暴政が意味するところとは、歪んだコンフォーミズム(大衆順応主義)の補完と、物理的/象徴的暴力を熔解させた管理ファシズムの徹底化である。


「あらゆる教育の場」で<愛国心>を強制し、<一心同体>たるべき日米両国に奉仕し<戦死>することが究極の<愛国心>となる「志ある人間」を<再生>する為には、全体主義国家/管理社会の統制を妨げる『日本国憲法』の理念/原理と密接に連関した現行『教育基本法』を先ず抹殺せねばならない。

本来であれば、「国民」を統率する最も有効な機関となる天皇制の復権は、極めて無智であった小泉純一郎の独善/独走的「靖国参拝」によって、嘗ての被侵略国を<過剰>に刺激しすぎた為に無残にも頓挫した。既に<燃え滓>に過ぎない或の男は、歯止めが利かずに「やりすぎた」のだ。

であれば、
糞デマゴギーが大衆へと浸透することを待つよりも、国家体制を縛り付ける鬱陶しい「根本原則」そのものを暴力的に切り捨て、幾らでも解釈可能な文言に書き換えて解き放てばいい。「殺す側」の語彙さえ刷り込んでおけば、あとは有事に即した「法」を下僕官僚に起草させ、いつでも軌道修正できる。議会制民主主義の<伝家の宝刀>たる「数の論理」で堂々と強行採決すれば、自称「民主主義者」どもには反抗する余地など無いのだから。

根源的問い直しを図る隙も無いままに垂れ流すマスメディアを利用した一大煽動工作「教育現場の荒廃」は、「いじめ自殺」「高校必修科目の履修漏れ問題」等の願っても無い<素材>の倍加を促し、非政治的/無関心が蔓延した「生活」に埋没している大衆を、虚飾で塗り固めた「教育の再生」へと<覚醒>させた。無論、大衆が眼前にしているモノとは、<闇>を隠蔽した光り輝く虚構の<免罪符>に過ぎない。危機感を煽れば煽るほど統制は容易となり、大衆は権力者に従順となる。やがて時が経てば、<結果的>に己らの子どもを殺す事態へと直結する『教育基本法』が改悪された事実さえも忘却していくだろう。

些か煽動工作が性急過ぎたのか、「教育改革タウンミーティング“やらせ質問”」や「いじめ自殺予告」等の襤褸を出したが、『教育基本法改<悪>』成立の為には不可分な眼眩ましだと思えばいいことだ。何れ「馬鹿」な大衆は、イヤでも平穏無事な「生活」へと舞い戻るのだから。「国家」は常に大衆の<味方>であり、従順であり、「一人ではない」と錯覚させることが大事だ。

さぁ、「偉大」なる安倍晋三の声を聞こう。

<自殺予告>安倍首相「君たちは決して一人ではない」

安倍晋三首相は10日夜、伊吹文明文科相にいじめ自殺を予告した手紙が相次いでいることを受け、「いじめ問題は日本社会にとって大変深刻な問題になってきた。子どもたちのサインを見逃さないよう、できるだけ早く対応することが大切だ」と述べた。また、「君たちは決して一人ではないということを言いたい。」と訴えた。
【毎日新聞 2006.11.11】


そう、「決して一人ではない」。
我々は、子どもであれ大人であれ、常時<監視>されている「管理社会」の中へと完全に組み込まれているのだから。

例え、「反抗」する場に於いてさえも。

<タウンミーティング>青森で県職員大量動員も 全国調査

政府が主催したタウンミーティング(TM)で「やらせ質問」などが発覚したのを受け、毎日新聞はTMについて全国調査を実施した。その結果、青森県内で開かれた4回すべてで公務員が大量動員され、特に04年6月の「地域再生」をテーマにしたTMでは参加者の約3分の1に当たる約70人が県職員だったことが分かった。
【毎日新聞 2006.11.18】

<タウンミーティング>158回分の経費、19億9千万円に

政府は17日の閣議で、「やらせ質問」など問題が相次いで発覚しているタウンミーティング(TM)の運営経費が01〜06年度の158回分で総額19億9094万円に上るとした答弁書を決定した。1回平均1260万円の計算。民主党の小宮山泰子氏の質問主意書に答えた。「やらせ質問」については「運営上の行き過ぎた行為」とし、「今後は一切行わず、新しい透明な運営方法も早急に確立したい」とした。TMは01年6月から始まり、06年9月までに計174回開かれている。答弁書では予算執行が済んでいない06年度の16回分の経費が含まれていない。
【毎日新聞 2006.11.17】


以下は、読み手の脱力感を極限にまで深めてくれる愚劣プロパガンダ『安倍内閣メールマガジン』(第6号 2006/11/16)からの有り難い「お言葉」である。

現在、子供たちのモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下といった問題が指摘されています。こうした中で、いじめ問題や未履修問題が相次いで表面化し、子供たちも保護者の皆さんも不安を抱き、教育再生の必要性をさらに強く感じているのではないでしょうか。


……だが、
モラルの低下を嘆く能面安倍晋三が、其の極めて異常な「象徴」ともいうべき政府主導の卑しい買収/煽動工作については、一行たりとも言及することはないのである。

【この項続く】
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「血の轍」を踏みにじる者 【其の壱】
2001年9月11日以降、果たして「世界は変わった」のか。

腐蝕した錆だらけの巨体を持て余し、狂気のままに暴走する戦争機械アメリカは確かに「変わった」のだろう。無知無能故に戦争遂行の傀儡/操り人形(後に大量殺人者)としては最適な「ジョージ・ウォーカー・ブッシュ」が元首となって未曾有の地獄絵図を地上に展開することができた。ネオコン主導の単独覇権主義が石油利権や軍需産業の利益確保に繋がることは実証済みである。殺せば、殺すほど、金が転がり込んでくる。良心の呵責に苦しむことなどあり得るはずがない。「敵」は人間でない。テロリストである。我々は「文明」人であり、この世からあらゆる「野蛮」を排除する義務がある。「神」が我々だけに与え給えた「自由/正義」の行使に何の問題があろうか。

世界は変わったのか……何という愚問。

この世界を「変える」のは我々である。
我々の後に延々と続く、血の轍を視よ。
あれこそ「文明のための戦い」に勝利した証左である。

さぁ、この世の地獄を、其の眼に焼き付けよ。

【写真/2006.9.12 共同通信】

<9・11>米大統領、対テロ「勝利へ一致結束」求める  

【ワシントン及川正也】ブッシュ米大統領は11日夜、同時多発テロから5年にあたりホワイトハウスから国民向けにテレビ演説し、対テロ戦争について「いま敵を打倒しなければ、我々の子供たちが核兵器で武装したテロ国家と急進的独裁者によって侵略された中東に直面することになる」と警告し、勝利に向け国民が一致結束するよう訴えた。
大統領は対テロ戦争を「文明のための戦い」と位置付け「我々の国に死と苦痛をもたらすと決意した敵と対立している。我々か(イスラム)過激派のどちらが勝利するかはっきりするまで戦いは終わらない」と述べ、長期にわたることを重ねて指摘。戦争の勝利に向け「違いを脇に置き、歴史が我々に与えた試練を乗り越えるために団結すべきだ」と強調した。また、同時多発テロを主導した国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者拘束に全力を挙げる意向を示すとともに、米軍のイラク駐留について「ここでの仕事が完了するまで離れることはない」と早期撤退を否定した。

■解説 中間選挙で反転攻勢の思惑も 
【ワシントン及川正也】米同時多発テロから5年の11日、ブッシュ米大統領はテロ被害現場となったニューヨーク、ペンシルベニア、国防総省を相次いで訪れ、夜には国民向けに演説した。「テロ5年」を最大限に演出した背景には、テロ対策に取り組む姿勢をアピールし、共和党の劣勢が伝えられる11月の中間選挙で反転攻勢に出る思惑もある。
ブッシュ大統領はニューヨークで、事件発生時に救助に駆け付けた消防署員らと黙とうした後、乗っ取られた旅客機の墜落現場のペンシルベニア州シャンクスビルに移動。最後はハイジャック機が突入した国防総省に立ち寄り献花した。大統領が追悼式典に参列した遺族を抱き寄せる場面は全米に放映された。同夜のホワイトハウスからの演説ではテロに立ち向かった国民や犠牲者をたたえ、「違いを脇に置き、力を合わせるべきだ」と国民の結束を強く呼び掛けた。
5年前、同ビルのがれきの上で「USA!」の大合唱に包まれた大統領は、9割を超える高支持率を得て対テロ戦争にまい進した。だが、拘束者収容所での虐待問題、ブッシュ政権が求めるテロ容疑者の特別軍事法廷での裁判に対する連邦最高裁の違憲判決、令状なしでの国内盗聴作戦の即時停止判決など、テロ対策の「暗部」も露呈。現在の支持率は4割台に落ち込んでいる。
こうした中、同時テロ5年は政権側にとって「テロに立ち向かうリーダー」を演出できる絶好の機会となった。世論調査では、ブッシュ政権のテロ対策への支持は不支持を上回る。米誌ニューズウィークの調査では、イラクや経済などの問題では軒並み民主党への支持が集まるが、テロ対策だけは共和党への支持が高く、危機対応や安全保障政策に強い共和党というイメージを改めて示した。保守系のFOXテレビはこの日、5年前のがれきの上での大統領の演説場面を繰り返し放映した。チェイニー副大統領は10日、中間選挙では「共和党が上下両院を制すると賭けてもいい。争点は国家安全保障とテロとの戦いだ」と自信を見せた。

■演説要旨
ブッシュ米大統領によるテレビ演説の要旨は次の通り。
一、米国は以前よりも安全になったが、完全に安全ではない。
一、我々の敵はテロリストが米国や他の文明国への攻撃を計画できる避難場所になるような過激なイスラム帝国の建設を目指している。これは21世紀の重要な思想闘争である。
一、9・11に我が国は悪と対峙(たいじ)した。そんな時でも、普通の市民が難局に立ち向かい、勇気を振り絞って対応するのを我々は目撃した。
一、米国はこの戦争を求めていなかったし、すべての国民は終結を望んでいる。だが戦いは終わっていない。我々か過激派のどちらかが勝利するかはっきりするまで、戦いは終わらない。
一、もし我々が今敵を打倒しなければ、我々の子どもたちが核兵器で武装したテロ国家と急進的な独裁者によって侵略された中東に直面することになる。
一、(同時多発テロの首謀者とみなす)ウサマ・ビンラディン容疑者らはまだ隠れている。彼らに対するメッセージは明確だ。「どんなに時間がかかろうが、米国はお前たちを見つけ出し、裁きの場に連れ出す」
一、サダム・フセイン(元イラク大統領)が権力を失い、世界はより安全になった。アルカイダや他の過激派がフセイン政権の残党と合流し、イラクの宗派間対立を扇動し我々を追い出そうとしている。我々はイラク軍が国を守れるように訓練し、政府が強固になるよう支援する任務が終わるまで立ち去らない。
一、この戦いは文明のための戦いだ。
一、この戦争に勝利するには国の統一が求められる。違いを脇に置き、歴史が我々に与えた試練を乗り越えるために団結すべきだ。【北米総局】
【毎日新聞 2006.9.12】


煮えたぎる怒りが再び全身の血を滾らせる。

凄まじいまでの詭弁である。
愚劣/卑劣/無思慮/浅はか/酷薄/無恥/浅慮/非道/外道/邪悪/冷血……どんな罵詈雑言を浴びせようとも、無能ブッシュjr.の為に卑劣側近が用意したシナリオ「恒久的戦争遂行宣言」が放つ衝撃性/非人間性を、いささかも弱めるものではない。

米国はこの戦争を求めていなかったし、すべての国民は終結を望んでいる。だが戦いは終わっていない。我々か過激派のどちらかが勝利するかはっきりするまで、戦いは終わらない。

唖然とするほかない。米国「以外」、いったいどの国が戦争を求めたというのか(例え属国ニッポンであろうとも、呆けコイズミ一派を除いて米国の侵略戦争を求めたりはしていない)。

この鬼畜どもにとっては、すべては盤上のゲームに過ぎない。
降り注ぐ殺傷爆弾によって五体を引き裂かれた子どもたちの返り血を浴びる事など有り得ないと考えているのである。ホワイトハウスへの自爆テロが「現実」のものとならない限り、つまりは己が死なない限りは「世界は安全」なのである。まさに、畜生そのものではないか。

アメリカ帝国によって殺される側から云えば、上記の妄言に人類史上最大最強の「敵」を挿入すれば、事実はより明確となる。アフガニスタン、イラク、パレスチナ……「この世の地獄」の地に住む人々を代弁するなら、

もし我々が今敵を打倒しなければ、我々の子どもたちが核兵器で武装したテロ国家(アメリカ)と急進的な独裁者(ブッシュJr.)によって侵略された中東に直面することになる。

ということだ。

「報復戦争」には、「報復攻撃」を被る対象として当然アメリカ自体も含まれているのであり、このまま戦争を続けるのなら、いづれは其の地に再び「反撃」を喰らうのは必至である。そして、一部の馬鹿政治屋が勝手に盲目的「支持」の声を上げ続けているニッポンも例外では無い。報復の連鎖に一旦繋がれた以上、其処から逃れる術など、あるはずもないのだから。


有史以来の恒久的な破壊と殺戮の歴史は、
アメリカ合州国の自壊をもってしか終わらない。


……「世界は変わった」のか。

少なくとも「変わらない」国がひとつだけある。
テロの親玉アメリカの猿真似をして全世界の笑いものとなっている属国……自称「美しい国」ニッポン。

【この項続く】
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陵辱されゆく 「血の記憶」
腐爛した肉体からドス黒い血を滴らせ落ち窪んだ眼孔から鈍い光を放った其の生きる屍は、ギシギシと軋む骨に合わせるかのように醜く歪んだ口元を引き攣らせ、数多の地獄絵図を地上に展開した虚栄の「大日本帝国/天皇制軍国主義」完全敗北/破綻の日に、殺傷兵器を携帯した腐り切った蝿や金バッジを光らせた蛆虫とともに侵略戦争賛美/国粋主義昂揚神社へと詣で、国家神道/天皇制復権によって国家に殉じる「愛国者」再生産とアメリカ追随のもと反韓国・反中国の排外主義/アジア覇権の完遂を誓い、61年前に虐殺された国内外の全ての死者に唾を吐きかけ、真に平和を願い祈る人々を土足で踏み躙り、卑しく肥大化した其の身体に大量の返り血を浴びた。

8月16日、北朝鮮は小泉首相の靖国神社参拝を「大いなる侮辱」と強く非難した。写真は15日、韓国ソウルで同首相の靖国参拝への抗議で焼かれる神社と首相の写真(2006年ロイター/You Sung-Ho)


屍の背中から滴り落ち境内に延々と続く血痕とは、この「小泉純一郎」という名の鬼畜から流れ出たものではなく、所詮は前近代的形骸に過ぎない「誇るべき」ニッポン民族を讃えるべく排外主義者どもが狂気の如く振り続ける日章旗にこびり付いた戦死者たちの無念の血が、紛うことなき怒りの涙のために滲み出し飛び散ったものである。


過日のヒロシマ/ナガサキ「原爆の日」、そして敗(終)戦記念日「戦没者追悼式」に於いて愚劣側近が用意した使い古しの台本を、「平和」「祈り」の地には最も相応しくない卑小ファシストが型通りに読み上げたが、何ひとつ異議を差し挟むことなく平然とアメリカ/イギリスの片棒を担いでイラク侵略戦争に「ニッポン軍」を派兵したこの卑怯者が放言する「不戦の誓い」など空念仏以外の何ものでもなく、今現在も未曾有の暴力によって罪無き人間の生命を奪い続けているアメリカ/イスラエルの畜生どもに対して御座なりの「遺憾の意」さえたったの一度も表明できなかった屑野郎が、厚顔無恥にも「世界の恒久平和の確立」などと吐く「歴史的」醜態を、この国の負の史実として未来永劫に刻み付けねばならないだろう。


いつ行っても批判があり同じ、きょうは適切と判断=靖国参拝で首相

小泉首相は15日、同日朝に靖国神社に参拝したことについて、これまで終戦記念日を避けてきたにもかかわらず批判があるので、いつ参拝しても同じと判断したとし、きょうの参拝は適切との認識を示した。また、中国や韓国が靖国参拝を理由に首脳会談を開かないのは問題だとあらためて批判した。
小泉首相は、自身の靖国参拝によって中韓の反日感情を増幅させることやA級戦犯の合祀、憲法違反を理由に批判されることについて反論。これまでの5年間を振り返り、終戦記念日を避けて参拝しても批判を受けるとし「いつ行っても同じだと思った」と述べた。
また、中国や韓国が「靖国神社に参拝しないなら首脳会談を行い、参拝するなら首脳会談を行なわないと参拝を条件にすることがいいのかどうか。よろしくないと思う。日本の首相は民主的な手続きによって選ばれた」と指摘した。小泉首相はきょうの参拝について「日本の今日の繁栄は、生きている人だけで成り立っているのではなく、尊い命を犠牲にされた人々のうえに今の日本がある」とこれまでの主張を繰り返した。終戦記念日を避け
て参拝してもいつも批判があるなら「きょうは適切な日だ。(この後)戦没者の追悼式典も行われる」と述べた。

中韓両国に対しては、靖国参拝という1つの意見が食い違い、不愉快だからといって首脳会談を行わないことを強く批判。また「(親しい関係にあるとされる)ブッシュ米大統領が参拝するなと言っても参拝する。(もっとも)ブッシュ大統領はそんな大人気ないことは言わない」と語った。一方で「両国の発展は日本にとってもチャンスで、未来志向で関係を深めていこうといつも言っている」と主張した。A級戦犯が合祀されているから参拝すべきではないとの意見に対して「特定の人(を念頭)に参拝しているのではない」と否定し「多くの戦没者に哀悼の念を示している」とした。また、憲法違反との批判に対しては「まさに心の問題だ。日本で誰にでも許されている自由の問題をどう考えるのか」と反論した。
【ロイター 2006.8.15】


狂乱コイズミの語彙は「終幕」に近づくにつれ益々貧困になっている。脆弱な思考に誠に相応しい稚拙且つ粗野な言動は、「イヤだ、イヤだ」と駄々を捏ねる幼児と大差はない。この男が確たる思想や信条など元々持ち合わせていない中身空っぽの凡庸世襲議員の一人に過ぎないことは散々指摘されてきたことだが、歴史も哲学も政治学も経済学も語学も、最低限の憲法学も、「政治家」として不可欠な知識/智能を持つ努力さえせず最期まで押し通し(散々勉学に励んだ成果がアレなら驚嘆する)、深い思索や豊かな人間性などを全く感じさせない「単細胞」の同志として、唯一智能レベルが同等だった飼い主ブッシュJr.としか「師弟関係」を結べず、そのボスにさえ「羞恥心」を芽生えさせ馬鹿扱いされたのは先般の「アメリカ〜イスラエル慰安旅行」の茶番が示す通りだ。

だが、こんな卑怯者をあろうことか「擁護」し、抗う者の排撃を勝手に請け負う輩が跡を絶たないという情況は、此れこそニッポンの悪しき「伝統」なのであろうか、極当たり前の批判を淡々と述べたに過ぎない加藤紘一自民党元幹事長の実家を右翼狂信者が放火し、加藤氏の家族までも殺傷しようとした。任侠右翼が標榜しているらしい信義や仁義の欠けらも無い似非右翼、つまりは暴力団の小童が噴飯にもハラキリの余興とともに白昼テロを行なったが、卑劣なる暴力によって「気に食わない」思想/言論を抹殺するという暴挙が一部の極右を除いて同調されるはずがなく、手前勝手な国家権力の下っ端としての「鉄砲玉」の役割を演じて、何の「効果」も生まないままに侮蔑とともに朽ち果てるのみであろう。


男の右翼団体、暴力団から資金提供も 加藤氏実家全焼

加藤紘一・自民党元幹事長(67)の実家と事務所が15日に全焼した事件で、敷地内で腹部を切って倒れていた東京都内の右翼団体幹部(65)が所属する団体は、公安当局や関係資料によると、77年9月に結成され、同10月に政治団体の届けが出されている。東京都内に事務所を構え、山形県内に拠点を持っていたとの情報もある。若い構成員を中心に主に反皇室活動に対抗する活動を進めているとされ、過去には威力業務妨害や暴力行為などの容疑で逮捕者を出していた。 結成から間もなくして資金難に陥ったことから、関東を拠点とする指定暴力団が資金提供したり幹部を送り込んだりするなど、現在も暴力団と緊密な関係があるとみられている。
82年には団体のメンバーが関連団体を立ち上げ、対旧ソ連や対共産党、対左翼の運動を中心に活動。92年には天皇陛下の訪中反対を訴え、この関連団体の構成員が宮沢首相(当時)の私邸前で割腹自殺未遂事件を起こしている。最近では目立った活動はなかったという。 右翼は戦後60年の節目を受け、靖国問題を焦点にした活動を活発化している。公安当局によると、15日早朝には右翼団体幹部ら100人以上が参拝のために集まったという。小泉首相がこの日に参拝する可能性が強まっていたこともあり、例年より多かったという。 当日、首相の靖国神社参拝に反対する過激派グループが靖国神社前に集まると、右翼団体関係者と小競り合いになるなど神社周辺は一時騒然となったが、この騒ぎでの検挙者はなかった。
【朝日新聞 2006.8.17】

そもそも、
何故「天皇主義者」が、天皇ヒロヒトの「意に反した」首長コイズミの「靖国参拝」を「擁護」し、その批判者を排撃せねばならないのか。真正の天皇主義者/右翼であれば、帝国アメリカの属国化をもはや後戻りできないほどまでに強行したコイズミ一派そのものが「売国奴」「傀儡政権」であり、天皇制復権を妨げるものであることはド素人が視ても明らかなはず、なのにである。上記の記事によれば、当の右翼団体は過去にも割腹自殺「未遂」事件を起こしているらしいが、時代錯誤のテロと余興が「権力側」の一助となりこそすれ、最も憂慮し「味方」につけるべき対象となる大衆の「共感」を呼ぶことは、いつまでたっても叶わないだろう。


私にとって嘔吐を催す対象の「国家神道」「靖国」「英霊」など、他国から視れば民俗学/宗教学の研究対象にしかならないような遺物であるが、増殖した似非保守/似非右翼どもにとっては質素な脳内の「神棚」に仰々しく奉る対象となるらしい。更には体制側御用達「文化」人や「独占資本」を象徴する巨大広告代理店が「モノを買わす」為に多用していく空虚な記号「サムライ」「大和魂」「特攻精神」などを、己のアイデンティティとして無謀にも吸収していく無知/頓馬ぶりは、ハリウッド映画がサムライやスモウレスラーを現代ニッポンを描く素材として未だに取り入れていることにニッポン人が憤慨する資格も無いのと同義であり、先般のサッカー世界大会に於いてマスメディア共々嬉しそうに「サムライブルー」などと意味不明な記号を連呼する異様なシーンにおいても、ただ時流にのって「伝統文化」「愛国心」と繰り返して騒ぐことしか出来ない連中の実体の欠如を示している。やがて幻惑された一部の者が、「熱狂」「陶酔」した時の己の火照りを忘れられずに自慰行為同然の排外的ナショナリズムへと没入し「自壊」していくのが嗤えぬオチであろう。

搾取される側の人間が、歴然とした階級制度の残滓に己も組み込まれていることに「気付く」ことも出来ず、耐え切れない孤立感や劣等意識から逃れ、鬱屈したルサンチマンを容易く「解放」する為に、「長いものには巻かれろ」という安心感に全てを委ね、権力側が垂れ流す「甘い汁」の残り滓に旨そうに吸い付き、そのオコボレに与られることだけで「満足」し、それらを拒否し抗う真っ当な人間を、権力者の側に立って嘲笑い狂信的排外主義者の群れとなって、己らよりも「弱い」対象を集団となって叩き潰すという図式は、虚飾で蓋われた天皇制国家主義/歪んだレイシズムのもとで数々の蛮行/虐殺が被侵略国で行なわれた事実と本質的に全く同じである。


自民、民主など56議員、集団で参拝

超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・瓦力元防衛庁長官)の56人が15日、靖国神社を集団参拝した。参拝には瓦氏のほか尾辻秀久前厚生労働相や保岡興治元法相ら、自民、民主、国民新党などの議員が参加。同会によると、桜田義孝(内閣府)、中野清(厚労省)、西野あきら(経済産業省)の3副大臣と、山谷えり子(内閣府)、有村治子(文部科学省)、竹下亘(環境省)の3政務官も加わった。 閣僚では沓掛国家公安委員長と中川農水相が参拝した。
一方、同神社内で開かれた戦没者追悼中央国民集会(英霊にこたえる会、日本会議主催)には、自民党新人議員の有志でつくる「伝統と創造の会」の6議員が参加した。会長の稲田朋美衆院議員は、小泉首相の靖国参拝について「国民の一人として政治家の一人として感謝したい」としたうえで、「靖国神社を国家として護持すべきだ」と訴えた。
【朝日新聞 2006.8.15】


チンピラ極右組織「日本会議」には、コイズミ御大の劣化エピゴーネンであるアベやアソウ、お馴染みのイシハラなどが薄汚いツラを並べているが、己の私利私欲/権益の保持のみにしか浅知恵の働かない利己主義者の寄せ集めにしか過ぎず、利害が相反すれば平然と「同士」を裏切るゴミ同然の連中である。
妄想のままに膨れ上がった狂気を易々と体現する戦争推進団体が「牛耳る」腐敗政権に、独裁国家北朝鮮をなじる「資格」など微塵も無いことを、どうやらニッポンの「伝統」を受け継いでいるらしいエゴイスト/レイシストどもは死ぬまで悟ることも無く、その歪み切った醜いツラの肖像画を国会の一室に掲げられることのみを夢見てきたクズ同然の輩たちの何たる愚劣ぶり。

圧倒的軍事力で「威圧」するアメリカの恐怖外交を後ろ楯にして北朝鮮や中国、韓国を挑発するが、飼い犬の幼稚なアジア外交にウンザリして興味も示さない飼い主に対して、この国の馬鹿政府は焦ることも、無残なる現状の打開策も打ち出せず、相も変わらず能無しブッシュJr.請売りの腑抜けた「自由」の繰り返し。果ては、ロシアにも当然の如く嘗められ、理由無き「国民」惨殺への抗議よりも、己らの「休暇」を優先するという卑怯ぶり。どこが「敵」であるかを判断するのも、また我々の「自由」であるとでも云いたいのだろう。つまりは、「国民」の生命など、鬼畜らの勝手気儘な「都合」でどうにでもなるのである。

自然環境を破壊して「伝統と文化を守れ!」
戦争犯罪者を賛美して「ニッポンに戦争責任は無い。よって戦争犯罪人は存在しない!」
自国民を見殺しにして「ニッポンの平和のために殺された。“神”となれたのだから幸福だ!」 他国民を惨殺して「亜細亜の平和/共存のために殺した。我々がもたらした繁栄/恩恵に感謝もせずに文句を言うな!」

どう解釈しようと、時の権力者の「自由」なのだから黙って従え……と、卑小ファシストは得意気に糞詭弁を述べているのである。例え、たったの一度も「日本国憲法」を通読したことが無くても、独裁者の「自由」だけは「権利」として明記されている……と、織田信長を気取る痩せ細った男は、事もあろうに我々を諭すのである。

「自由」という観念/哲学は陵辱され、糞まみれとなって死んでいる。
こんな脆弱なる政治屋たった一人のために。


拙文『捩じれたルサンチマンの囚人』の中から再掲する。

下劣な思想、下等な論理、下品な言動……極めて、稚拙/低俗な歴史認識と没倫理。ひと皮剥けば腐臭漂う国粋主義者としての醜い姿を晒して、糞イデオロギーを用いて政治音痴の大衆を鼓舞する愚劣扇動家ども。

「勝者が敗者を裁く欺瞞に満ちた極東国際軍事裁判」という、相も変らぬ「負け犬の遠吠え」による“聖戦”「大東亜戦争」の妄想にしがみつき、無残なる自慰史観に浸り切ることでしか、自らの実存を表出できないという憐れなる国家的排他/独善主義の権化たち。捻じれたルサンチマンは勝者への鬱屈した憎悪から被侵略国に対する侮蔑へと転化し、当然の如く敗れ去った己らの負を認めることなく、「あの戦争に勝ってさえいれば……」という被害妄想のままに虚飾で覆い尽くしていく。
当然のこと虐殺した他国の人間の生命も、犬死した自国の人間の生命にも、一切思いを馳せることはない鬼畜集団。

戦後60年を経て、ファシスト政権が成したことといえば、米国に対する「負け犬の遠吠え」から「飼い犬ポチの忠誠心」へのシフトと、精神的/社会的敗残者を扇動してのアジア蔑視/排外主義イデオロギーの増幅ぐらいか。首長コイズミが拡大させた社会格差の中下層に陣取る人間の「強者」への妬み/恨みの矛先を「靖国参拝」「反日」に関わる中国・韓国等への蔑視観へと自発的に転回/助長させ、経済的/精神的貧困という現実からの背離を目論む。

さらに『愚昧ファシストの狂った舞踊 (其の弐)』から。

今後の世界情勢に大きな影響をもたらすアジアの連帯において、無残にも孤立する道を選択し「馬鹿ヅラ」を晒した日本の首長と側近は、アメリカとの主従関係を何よりも尊重してアジアにおける幻想の「大東亜共栄圏」復活を夢見て迷走しているが、馬鹿側近にも予測できた「靖国参拝」を全面にわたって「利用」され、ますます中国等の「脅威」を高めていく、というアホらしい自滅状態へと陥っている。
まぁ、右傾化した大衆による中国や韓国等との相互不信/相互蔑視を増長し、戦意高揚へと繋がるナショナリズムを煽ることには思惑通り「成功」したとはいえるが、それにしてもお前たちは「本気」で戦争を始める「勇気」があるのか、と問いたい。

気骨ある「真正」の右翼/保守たちよ……
今すぐ遺書を持参して自衛隊に入り、ニッポンを守るため「戦争」に備えたらどうだろう。
無論、戦争反対を叫ぶ「腑抜けた売国奴」のために戦う必要は一切無い。
我々の税金で高級外車を乗り回し、高級料亭でタダ食いし、私腹を肥やし、たっぷりと財産を積み上げ、戦争シュミレーションゲームに没頭し、馬鹿笑いしている守銭奴/世襲・無能議員/独善官僚どものために、堂々と花と散ってくれ。つまり、戦争が始まれば高級ブランドで身を包んだ己の家族を連れて核シェルターへと逃げ込み、ノウノウと過ごすつもりの鬼畜連中のために、名誉の戦死を遂げるのだ。
靖国神社に眠る「英霊」の声に、今こそ応えよ。
早いにこしたことは無い。人間を殺す行為は、精神的に崩壊寸前まで追い詰められなければ到底出来るわけがないのだから。
あとは簡単だ。「人間」で無くなればいい。


こんなことをどれだけ綴ろうと「無意味」であることは充分承知している。
だが、延々と続くこの煮えたぎる怒りを表現せずして、根源的な問い直しを私自身に課すことはできない。

小泉純一郎、安倍晋三、石原慎太郎、大東亜戦争、靖国神社、英霊、愛国心……
卑しい「記号」をキーボードに打ち込む度に、私の指先は腐っていく。


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A Prayer For The Dying 【断章】
子どもたちの未来を奪うアメリカ/イスラエルの鬼畜どもよ。

地獄は、
テメエらのためにこそある。


子どもら57人死亡 レバノン空爆で最悪の被害

レバノン南部のカナで30日、市民が避難していた建物をイスラエル軍が空爆し、レバノンのテレビLBCは、救助関係者の話として、子ども37人を含む少なくとも57人が死亡したと伝えた。12日に一連の戦闘が始まって以来、最悪の市民被害となった。レバノンのシニョーラ首相は30日、予定されていたライス米国務長官の訪問を拒否。事態を重視した国連は同日、安全保障理事会の緊急会合を開いた。

レバノン南部のカナで30日、イスラエルの空爆で破壊されたビルのがれきの下から運び出した子どもを抱きかかえる救助隊員=AP

緊急会合でアナン事務総長は、イスラエルの空爆を「最大限の強い言葉で非難しなくてはならない」と強調。自らが呼びかけた停戦要求が受け入れられなかったことを指摘し、安保理に対し即時停戦に向けて具体策を打ち出すよう促した。
AFP通信によると、カナでは2時間にわたり激しい空爆があり、親子連れなど多くの市民が避難していた建物や複数の民家が破壊された。救急隊が救助活動をしている最中にもイスラエル軍の空爆が続いたという。
イスラエル政府は、カナがシーア派武装組織ヒズボラのロケット弾発射拠点だと主張している。政府報道官は米CNNに「発射基地の隣の建物を誤爆した」と説明した。オルメルト首相は市民の犠牲に「深い悲しみ」を表明する一方、「攻撃はやめない」と語った。
シニョーラ首相は「即時・無条件の停戦と、世界がイスラエルの戦争犯罪に立ち向かうよう求める。悲しい朝に交渉はそぐわない」とイスラエルを非難。紛争調停のためイスラエル訪問中のライス長官は、首相の意向を受け、レバノン入りを延期した。

ヒズボラは「この虐殺は必ず報いを受ける」との声明を出し、報復を宣言した。また、パレスチナ自治政府を主導するイスラム過激派ハマス幹部はロイター通信に「あらゆる手段」でイスラエルを攻撃すると述べた。ベイルートでは30日、国連ビル前で開かれたカナ攻撃への抗議デモが暴動に発展。ヒズボラの旗などを持った群衆の一部がビルに乱入し、ガラス製のドアを割り、放火するなどした。 カナは南部の主要都市ティールから南東約15キロ。96年にも、イスラエル軍が国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)施設を攻撃し、逃げ込んでいた市民ら100人以上が死亡している。

イスラエル軍は29日、南部アダイシーヤにあるUNIFILの監視基地を空爆し、インド人兵士2人が負傷した。イスラエル軍の攻撃では25日にUNIFILの停戦監視要員4人が死亡。国連は非武装の要員約50人を南部から撤退させていた。
【朝日新聞 2006.7.31】

レバノン議員、「死者のうち15人は障害児」 カナ空爆

レバノン南部のカナで30日、イスラエル軍の爆撃で37人の子どもたちを含む計57人が死亡した事件で、レバノンの有力国会議員バヒヤ・ハリリ氏は30日、「カナで亡くなった子どもたちのうち、15人は知的あるいは身体障害のある子どもたちだった」と語った。AFP通信が伝えた。

ベイルートで30日、ろうそくを手にイスラエル軍によるカナでの空爆の死者を悼む市民ら=AP

AP通信によると爆撃当時、数十人の家族がイスラエルの空爆を避けて集まり、夜を過ごしていた。犠牲者の大半を占める子どもたちは短パンやTシャツ姿で寝入っていたという。
ハリリ氏は故ラフィク・ハリリ元首相の妹。複数の福祉団体などを運営する社会活動家としても知られる。「南部の爆撃が激しくなり、サイダに避難した障害児の家庭も何世帯かあるが、(空爆された)カナの建物やモスクを安全と判断した人たちが残っていた」という。

南部の村落部では、道路が寸断されているうえ、激しい攻撃やガソリン不足で脱出手段の手配が難しく、高額な乗り合いタクシーなどを確保できるか自家用車を持っていなければ、避難が難しい状況が続いており、貧しい人々を中心に、依然多くの市民が孤立しているとみられる。

一方、ロイター通信によると、イスラエル軍は30日、レバノン東部マスナアのシリアとの国境を爆撃した。両国をつなぐ道路のレバノン領内を空爆したという。同国境は、29日にもイスラエルの爆撃を受けて一時閉鎖され、30日は国境を通る人々が車を降り、空爆でできた穴を避けて歩いていた。

イスラエル軍は29日、ロイター通信に爆撃の理由を「武器の密輸を防ぐため」と説明したが、この国境はシリアの首都ダマスカスとベイルート、レバノン南部を結ぶ最短ルートで、シリアに逃れる多くの避難民が利用。援助団体などの物資もここを通過していた。国境とベイルートを結ぶ幹線道路ベイルート・ダマスカス街道も、すでに空爆で破壊され、車は回り道している。
【朝日新聞 2006.7.31】


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「この世の地獄」へと導く者 【其の弐】
ここしばらくの天皇ヒロヒトを巡る不可解且つ不愉快な報道については、何れまとまった論考を綴りたいと思っているが、先の侵略戦争の最大/最高の責任者であり自国他国を問わず虐殺された人々に対して、敗戦後ただの一度たりとも己の責任を認めず、懺悔すらしなかったニッポン国民統合の「象徴」を、国粋主義者どもによって手垢の付いた虚像「平和主義者」として墓場から掘り起こし、単なる占領国家への命乞いに過ぎない責任逃避/転嫁の「言い逃れ」を意図的に曲解し、天皇制「復権」へと腑抜けた「国家」「国民」のアイデンティティを収束させ、更なる「神話」づくりに加担させようとする愚劣なる思潮/情況には虫唾が走る。

本日(2006.7.26)のテレビ放送『報道ステーション』では「スクープ!昭和天皇が戦争放棄を最初に宣言」と題して、何ら根源的問い直しを図ることなく天皇ヒロヒトを「善人」に仕立て上げるという惚けたプロパガンダを行なっていたが、その本質とは下記の記事にある通り「国際世論に訴えることで天皇に対する戦争責任追及を回避する意図があった」ということであり、嘗ての「象徴」の卑怯極まりない甘ったれた保身ぶりを改めて曝した以外にどんな「価値」や「意味」があろうか。


昭和天皇が海外記者と会見 宮内庁で文書控え見つかる

終戦直後の45年9月25日、昭和天皇が米国のニューヨーク・タイムズ記者とUP通信(現UPI)社長に会い、開戦の経緯や戦後の日本が目指す方向などについて回答した文書の控えが、宮内庁書陵部で見つかった。通告なしにハワイ・真珠湾を攻撃したのは東条英機元首相の判断だったとする説明が事実と確認されたほか、戦争の反省に立って平和国家の建設を目指す意欲などが記されている。

天皇が報道機関の質問に答えたのは初めてで、国際世論に訴えることで天皇に対する戦争責任追及を回避する意図があったとみられる。

文書は、ニューヨーク・タイムズのフランク・クルックホーン太平洋支局長、UP通信のヒュー・べイリー社長がそれぞれ昭和天皇に面会した経緯を記録した式部職作成の「謁見(えっけん)録」(45年)の中にあった。事前に提出した質問への回答という形を取っている。

クルックホーン氏への回答文は、これまで明らかになっていた幣原喜重郎元首相が作成した原案から複数の個所で修正されている。米国で重視されていた真珠湾奇襲攻撃について、「宣戦の詔書は、東条大将が使ったように使う意図はあったのでしょうか」という質問に、「東条大将が使ったように使われることは意図していなかった」と回答している。
幣原原案では「戦争の作戦上の詳細は陸海軍の最高指揮官に任される」と名指しを避けていた。

ニューヨーク・タイムズは9月25日付の1面トップの見出しで「裕仁、記者会見で東条に(真珠湾)奇襲の責任を転嫁」と報道。同紙記事を転載した同月29日付の朝日新聞は「天皇は『宣戦の大詔は東条のごとくにこれを使用することはその意図ではなかった』と語った」と報じた。

当時、内閣情報局は「天皇陛下は伝統として個人に対する非難をしないはずだ」と記事を批判した。タイムズ紙は10月2日付紙面で記事は正確だと反論した。 このため、研究者の間では「記事はクルックホーンの捏造(ねつぞう)ではないか」「連合国軍総司令部(GHQ)の意向で改変されたのではないか」などと論議を呼んでいた。今回の発見で、記事が回答文通りだと立証された。

日本の将来についての質問には、「平和的な貢献により日本がやがて国際社会で正当な地位を再び占めることを望む」と回答。「銃剣によって、または他の兵器の使用によって恒久平和が確立されるとは思わない」とも述べている。一方で、幣原原案にあった「国家の教育制度の大改革が行われると思う」の部分は削除されていた。

また、同紙の記事にある「英国のような立憲君主国がよいと答え」に当たる記述はなかった。記者に回答が手渡される前に、さらに修正された可能性もある。 ベイリー氏への回答文では、日本の将来についての考えを問われ、「日本はいま、平和への新たな道を歩み始めたわけであるが、国民がその望ましい目標に到達できることを心から希望しており、そのためにあらゆる手段を尽くすつもりだ」と答えている。
【朝日新聞 2006.7.26】

「銃剣によって、または他の兵器の使用によって恒久平和が確立されるとは思わない」
「日本はいま、平和への新たな道を歩み始めたわけであるが、国民がその望ましい目標に到達できることを心から希望しており、そのためにあらゆる手段を尽くすつもりだ」


いったい、どこからこんな「高尚」な言葉が出てくるのか。
「皇国ニッポン」の偉大なる伝統「厚顔無恥」ぶりを改めて認識せねばならないらしい。

結局「あらゆる手段を尽くす」素振りさえみせずに嘗ての「現人神」は死に、政財界に巣食う属国の鬼畜後継者どもによって「平和への新たな道」の途上はあっさりと崩れ落ちた。


似非右翼が一連の昭和天皇の「発言」に対して、「捏造」などと呑気にも騒ぎ立て、果ては「左翼」の「陰謀」(笑)と寝言を並べているのを見かけることがあるが、或の天皇にまことに相応しい内容であることも理解できず、いいように躍らされているのは「微笑ましい」というところか。
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