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「特攻」という媚薬に溺れし者
その発言内容が「国連人権委員会」に於いて「差別的」と報告され、「同志」狂乱アソウと共に阿呆らしくも「世界的」な認知を得たこの国の「代表的」な国粋/差別主義者イシハラシンタロウの戯言を、まずはたっぷりと「ご堪能」いただきたい。

敗戦から60年経った今、色んな形で想起されています。誰しも国家とか民族にはひっかかりを持っていると思うが、それを殊更リバイヴする気はありません。特攻とは一方的な命令で、志願ではなかったのですが、若者たちが自分の死を省みずに出向いていったのを間近で見送ったその最たる人が、鳥浜トメさんでした。人にあまり多くを語らない方でしたが、私がまだ25、6歳の時に知り合って以来、私には色々と語ってくださいました。ある人は恋人と引き裂かれ、またある人は女性を知らず恋愛を経験する前だった。それぞれの胸のうちにあったものは違ったと思います。誰もが肉親や恋人を恋しく思い、その身代わりとして、肉親の権化として、トメさんに誰にも言えないことを訴えて死んでいった。トメさんはまさに典型的な菩薩だと思います。戦争で死んでいった若者たちがどれだけ精神的に救われたことでしょう。トメさんの目で見た、美しいけれども悲惨な、しかし一番青春らしい青春群像を私なりに書いたつもりです。
かつてサルトルと一緒に実存主義を作ったレイモン・アロンという哲学者がいます。以前に私は彼に、「学園紛争とは不毛で物を壊して鬱憤を晴らすだけの生産性のない馬鹿げた行為だ」と話しました。しかしアロンは私にこう言いました。「私は彼らに同情する。青春らしからぬ青春を作った責任は我々にある。私たちが彼らにとって必要なものを全部奪って無くしたのだ」と、私は「それは何ですか?」と訊ねると、アロンは「第一に戦争がなくなった。貧乏がなくなった。イデオロギー、大きな思想がなくなった」と語りました。実存主義とは、そういうものを否定して人間を集約することから始まった新しい哲学で、私も共感しました。しかしこの3つのものを私たちが淘汰して彼らから奪ってしまったせいで、彼らはせいぜい学園に閉じこもって騒ぐことしかできなくなったのだ、とアロンはシニックないい方をしたのです。私は部分的にはある共感を覚えて頷いたのを覚えています。それは非常に強い印象を受け続けている特攻隊との対比ということで、私はその時アロンが言った言葉にいみじくも頷いたのではないかと思っています。
【東映『俺は、君のためにこそ死ににいく』製作総指揮・脚本担当/石原慎太郎の企画発表コメント】


極右ペテン師イシハラの「知(=痴)性」とは、所詮この程度のモノである。

サルトルやアロンという「知識人」の記号を用い、高慢にも己自身を彼らと同列に並べることによって、まるで同時代を彼らと共に「歩み」「知識人として影響を与えた」が如き偽装を堂々と施すという、極めて恥ずかしい醜態を惜しげもなく晒しているが、その言及した内容たるや噴飯モノのデタラメ三昧であり、ポーズだけは「一人前」な卑怯者が「自爆」する典型的な悪例として、恰好の教材となるだろう。

元来イシハラの腐り切った知(=痴)識や妄言などは、マトモな識者から総スカンを喰らいつつも吠えまくっている煽動屋兼漫画家コバヤシヨシノリなどと並べて嘲笑するというのが妥当であり、鬱屈した強者への捩れたルサンチマンに共鳴する無知なる大衆、つまるところは卑猥なる似非「愛国者」集団を率いて闊歩する裸の王様に「鏡」を突き付けてやるのが真っ当な接し方といえる。

過去の「栄光」である弟ユウジロウと凡庸息子どものネタでしか、もはや書くことも売れることもできない三流文筆家。この卑小なる男の本質については、拙文『暴走する自己愛型人間の成れの果て』で嘲りを含めて長文を綴ったのだが、私の標榜するサルトル/実存主義の思想を貶める上記の如き放言によって、再び煮えたぎるほどの怒りを植え付けられている。

アロンは「第一に戦争がなくなった。貧乏がなくなった。イデオロギー、大きな思想がなくなった」と語りました。実存主義とは、そういうものを否定して人間を集約することから始まった新しい哲学で、私も共感しました。


いつ「戦争」が無くなったのか。
いつ「貧乏」が無くなったのか。
いつ「イデオロギー」「大きな思想」が無くなったのか。

無知蒙昧/厚顔無恥の極みとは、まさにこのことだ。

それらを廃絶する「思想」の展開も「行動」もせず、権力に融合して攻撃/潰しにかかったのは、当のアロンやイシハラらの反動イデオローグではないのか。しかも、したり顔で「学園紛争」を語るアロンの傍らで、真っ先に「特攻隊との対比」をしたイシハラの驚くべき思考回路。

戦争、階級格差、イデオロギー等を否定して「人間を集約(?)」することから始まったのが実存主義だ……と、まるでこの思想が人類に「世界平和」「平等社会の実現」をもたらしたかのようにほざいているが、実存主義の思想を全く理解もせず、現実の社会が「視えていない/視ようとしない」輩同志が何を語ろうと一文の値打ちも無い。

そもそも、卑小ファシストが得意気に引用しているレイモン・アロン自体が「実存主義者」では無く、その人生において「実存」の哲学を展開させたことも無い。第二次世界大戦後、サルトルとメルロー・ポンティらが中心となって『レ・タン・モデルヌ』を立ち上げた時、レイモン・アロンはその同調者の一人ではあったが、元々備えていた保守的思想によって僅か二年たらずで決裂し、以降はサルトルらと相反する保守反動として「実存主義」「マルクス主義」を排撃した。

哲学/思想史の文脈に於いてアロンが表舞台に登場するのは、サルトルに対してフッサールが提唱する「現象学」に開眼させる機会を作ったことと、その後の激烈なる「反共主義者」として体制側御用達の反動に成り下がったという「話題」を提供したことぐらいか。近年になって、僅かながらもその「功績」が見直され始めているとはいえ、イシハラが言及しているアロン=実存主義とは根も葉もない大嘘であることは間違いがない。

繰り返すが、上記イシハラの文中に於ける当時のアロンとは、実存主義とは敵対する反動/体制側の人間であって、その「思想」にはイシハラの愚劣思考と合致するモノが「あった」というその一点のみで、イシハラの愚劣パフォーマンスに利用されただけのことである。当然、支離滅裂なる国粋/排他主義者としてのイシハラの本質を、少なくとも「真っ当」な保守であるアロンが知ったとすれば、即刻イシハラなど「拒絶」しただろうが……。

傲慢なイシハラが「共感」できる思想が「ラディカル」であろうはずがなく、アロンの発言(これ自体も事実かどうか怪しい)を己の都合の良いように「勝手」に解釈/曲解し、自らが製作総指揮・脚本を担当する反動映画の喧伝に「利用」するという薄汚さ。
しかも、この男には最も相応しくない「サルトル」の名まで口にするとは……。


以下は、余談である。

『俺は、君のためにこそ死ににいく』という映画がどれだけ「クダラナイ」代物になるのかは、下記の「企画意図」と「提灯記事」を読めば明らかである。

企画意図

この物語は、戦争という過酷な時代にあって、それぞれが愛した者たちのために迷わず、あるいは迷いつつ、苦しみつつも敢えて自ら死んでいった若者たちの鎮魂のために、現代のそれよりもはるかに美しくはるかに濃い密度の彼等の青春への賛歌でもあります。
私は、鳥浜トメ女とは縁あって特別の知己を得、彼女が余人に語ることのなかった特攻隊員たちの挿話を聞かされることが出来ました。特攻基地に隔絶して置かれた彼等が、故郷の母親の代わりとして慕った鳥浜トメ女の晩年の回想として、あの戦の後の時代に彼女が目にしてきた他の若者たちの誰よりも、若者らしく美しく雄々しかった青春群像です。
それらの美しくも怪奇な、あるいは生き残ってしまった者として周りの誰にも理解されなかったろう苦痛についての物語を、この今にこそ彼等の鎮魂と、国民民族の再生のためにも、書き残したいと願っています。
大きな歴史の流れの裏側に潜められた、無残にも美しい青春の物語として、短い人生を彩った彼等のさまざまな「愛」を機軸に、人間の歴史に比類ない青春群像を描き出したい。

太平洋戦争の末期、1944年10月20日、第一航空艦隊指令長官・大西瀧治郎中将の決断により、爆装戦闘機での必死体当たり戦法が実現することとなった。九州で30を超える特攻基地の中の1つであった鹿児島県知覧の飛行場から、決して生きて帰ることの無い片道の旅に向かった10代〜20代の若者たち―― 愛する祖国へと迫る戦艦、空母に体当たり攻撃し命を散らしていった若者たちは6000名とも7000名とも言われている。自分の命が未来の日本の礎となることを信じて、「靖国で会おう」という合言葉を胸にしまいながら・・・。

石原都知事総指揮映画に窪塚、徳重W主演

石原慎太郎都知事(73)が製作総指揮を務める総製作費18億円の大作映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」(新城卓監督、来夏公開予定)の出演者が26日、発表された。太平洋戦争時に、鹿児島・知覧で「特攻の母」と呼ばれた故鳥浜トメさんの視点で、特攻隊員たちの青春を描いた戦争群像劇で、徳重聡(27)と窪塚洋介(26)がダブル主演。鳥浜さんを岸惠子(73)が演じる。27日から、桜が咲き誇る知覧で撮影開始する。
石原氏が初めて製作総指揮する作品が徐々に姿を見せ始めた。鳥浜さん役の岸の起用は、石原氏の熱烈なラブコールで決定した。関係者によると、石原氏は「岸さんは同い年だから、同じことを見聞きしている。また、長年パリに住み、日本を違う視点でも見ている」と岸にこだわった理由を説明。また、同じように戦争を経験している岸にも意見を求め、脚本も加筆した。
石原氏の意気込みは出演者にも伝わっている。すでに、徳重らは軍事教練を受けた。2分半で着替えることから始まり、隊列を組み、戦闘機の乗り方を学んだ。石原氏は「頭を丸められないような役者いらん!」と兵士役の俳優全員に三分の丸刈りを厳命。中でも、窪塚は昨年末から刈り込み、意欲を見せている。石原氏は都庁を訪問した出演者に「やはり映画は役者の芝居にかかっている。亡くなった特攻兵たちに恥じることのないよう精いっぱい演じて、いい作品にしてほしい」と激励した。
撮影開始前日の26日、徳重や監督らは知覧にある鳥浜さんの墓を訪れた。墓前で手を合わせ、全力投球を静かに誓った。知覧などで3カ月の撮影を行い、年末に完成予定。石原氏も公務の合間を縫って、現場に足を運ぶ。
【日刊スポーツ 2006.3.27】


思えば、カワイソウな人間ではないか。
己の妄想を叶えるべく、自ら戦意高揚映画を製作までして堕ちていかねばならないとは。
既に役者を「軍人」と錯覚し、抑えきれない権力/暴力「嗜好」を淫らにもに解放させ、イシハラにとってはユートピア的な環境を捻出して暴走していくというブザマぶり。イシハラは決して実現することのない「元首」として己自身を表象させ、「ママゴト」的妄想世界に於いて同種の「狂気」を持ち合わせているらしいクボヅカ某をはじめとする役者相手に遊んでいるのである。それを身銭を切ってまで観に行くユーザーが存在するという馬鹿らしさ。

しかも、主要な役者が演じる特攻隊員には「少尉」という特権階級まで与えている。肩書きの無い「平民」はもとから眼中に無いのである。これひとつ取り上げるだけでも、イシハラの差別主義者としての一端が窺える。

美しくも怪奇な、あるいは生き残ってしまった者として周りの誰にも理解されなかったろう苦痛についての物語を、この今にこそ彼等の鎮魂と、国民民族の再生のためにも、書き残したいと願っています。
大きな歴史の流れの裏側に潜められた、無残にも美しい青春の物語として、短い人生を彩った彼等のさまざまな「愛」を機軸に、人間の歴史に比類ない青春群像を描き出したい。


「美しくも怪奇」「無残にも美しい青春」「愛」・・・自称「文学者」の何とも陳腐な表現力では、「人間の歴史に比類ない青春群像」などという意味不明の壮大なる「妄想」は当然の如く失敗するだろう。

愛した者たちのために迷わず、あるいは迷いつつ、苦しみつつも敢えて自ら死んでいった若者たちの鎮魂


笑わせるんじゃない。
「国家」によって否応も無く虐殺されていった、たった一人の人間の「無念」を描くこともできずに、何が「鎮魂」なのか。
いったい、誰が「敢えて」「自ら」「死ん」だ、のか。まるで特攻として死ぬことが「自由な選択」であったかのような偽装を平然と施す卑小ファシストの言動には、はらわたが煮えくり返る思いだ。


拙文『暴走する自己愛型人間の成れの果て』から再掲する。

「尊い犠牲」とはなったが、彼らは「正しく国の為に死んだ」のであり、そこには間違った戦争であるということも、国の為に死ぬ馬鹿らしさも一切表現はされないだろう。「国の為に死にゆく」戦死者を美化し、こういう時代に死んでいった若者たちを称え崇めることによって、靖国神社が象徴する神格化、つまりは国家神道/天皇制の復権(成功するかどうかはともかくとして)を意図していることは間違いない。

イシハラは“特攻の母”に「国家」を象徴させているのだろう。何故、肉親や恋人ではなく、いわば他人に過ぎない“特攻の母”を描こうとするのか。

戦争に「美」の観念など無い。そして、戦争は「思い出話」などでは無い。


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コメント
はじめまして!長いお話しだったけどじっくり読ませて頂きました今色々な戦争に関する本や映画なんかがあります。感じ方は人それぞれです。あなたの言いたい事はよく理解したつもりです。でも知覧特攻隊は陸軍です、海軍に比べ陸軍は本当に天皇陛下万歳で行かれた隊員がいたとの事志願の方がいたんです。死ぬ日を約束されそれまでは本当に神様扱いの様だったと聞きました。何故私なんかがこんな事を言うかと言うと元知覧特攻隊だった方に今も電話やお手紙で真実を聞いてるからです。その方から俺は君のためにこそ死ににいくの映画の事をお聞きしました。石原慎太郎さんがシナリオを書かれ、最後に目を通されたのがこの方です。この方はトメさんに真実を伝えて行けと言われてそれを約束し、今まで来られたんです。この映画の事をお聞きした時にほぼ間違いないと言われました。知覧特攻隊の生きて帰られた方で今生きてらっしゃるただ一人の方です。靖国の大鳥居で会おうと別れ自分だけが生き残った負い目を感じると、今82才だけど彼らの事は一日も忘れた事はなく、伝えて行くために生かされたんだと頑張ってると言われました。石原さんに色々な批判の声を聞きます。ですが今の若い人達に見て知ってもらおうとするにはウィンズオブゴッドの様に笑いあり人気のある俳優さんを使う、悲しいけどこれが必要なんです。どんな形であれ最初はいいと思います。それから真実を聞いて欲しい。私の様に。私個人としては、石原慎太郎さんや俳優さん方に頑張ってもらいたい。応援してます。ただビジネス感覚で作って欲しくないだけです。本当に彼らのためにと思い作ってくれたなら、彼らは恩恵をとても大事にする人達です。必ずいい事があると思います。その方に私は言いました、自分に誇りを持って下さい。って元海軍の予科錬教官だった方に教えてもらった言葉があります、平和とは戦争をしない事ではないんだよ、毎日安心して暮らせる事なんだよ。その通りですよね。その時代を生き抜いた方々は言います。今考えたら馬鹿な事したなって思うけど、精一杯やって来たから後悔は無い。負けるとは思わなかったけど勝てないなとは思った。誰がどんな映画を作ってもいい、ただ間違った事を言わないで欲しい。真実を伝えて行って欲しい、それが彼らの一番の願いです。ごめんなさい。うまく言えなくて、私がこんなに一生懸命になるのも理由がありまして。特攻隊の彼らの事を理解するには一生かかっても無理だと思います。
| ともこ | 2006/12/15 10:30 PM |

「ともこ」さん、はじめまして。

大変丁寧なコメントを頂きましてありがとうございます。言及された内容については、とても参考になりました。貴重な経験を積み重ねてこられた上でのご発言と受け止めました。

私自身の論旨が伝わりにくいところもあったと思います。本稿で綴った内容については、補記したいことがたくさんありますので、改めて熟考の上、新たなエントリーをアップするつもりです。
| kikyo | 2006/12/16 3:00 PM |

お返事ありがとうございます。うまく言えなくて本当にごめんなさい。色々な特攻隊の方々に関するサイトを見ましたがあなたのがよく伝わりました。こんな事を言うのはその知覧特攻隊だった方とあながた二人目です。先に言いますが頭のおかしな子だと思わないで下さい。今私は32才です。8年ぐらい前から勉強するようになり、最初に読んだのが海軍の特攻隊の鈴木かんじさんの特攻からの生還と知覧特攻隊の群青でした。昔から戦争にたずさわる所へ行くと何かを感じる事はあったのですが、若い時は自分に余裕がなく、気付かなかったんです。少しづつ自分を見つめる事が出来だした頃からちょくちょく夢を見出しました。何処かのドアをガラガラと開けて探してる、いない。隣りのをまた開けて探してる、そこには茶色の飛行服を着、新しい白の下着を付け、白い鉢巻を付ける人達。その時の感情からして間に合わなかった。そしてその夢の最後に必ず顔も名前も分かりませんが胸から上の写真が遠くに消えて行く、こんな夢でした。群青を読んだ時に胸騒ぎの様な変な感じがし、今年の夏にやっと平和会館に行く事が出来ました。三角兵舎を抜け夢ちがい観音様の所で頭を下げ、来るととこしえにと安らかにの像がありそこを通り抜けたぐらいの時です最初空を見ました。違う、音を辿ると私の右後から三回連続で飛行機の飛び立つ音が聞こえるんです。その大きな音で自分の声が消えてものすごい大きな声を出して喋ってたみたいです。そう言うと周りの人達に変な顔をされてたのを覚えてます。そして会館に入りました。夏休みでたくさんの方々が来られてましたが、周りの雑音が全部消えて無になりました。皆さん泣いてらっしゃいましたが、私は涙が全く出ませんでした。そして会館を出た時に、言わば悲しい事を見たのに何とも言えない安らぎと満たされた気持ちでいっぱいでした。帰り、海沿いを走ってましたが私の車と同じペースで三機飛んでるのを感じました。家に帰ってから、以前から親しい心霊オーガナイザー(この方知ってますか?実名で池田辰雄さんです)知覧に行く前に電話で自然に行きなさいね、帰ったら電話頂戴ねって、で、帰ってからかけました。私が前世で愛した方が知覧特攻隊員だったみたいです。もういいんだよと最後に自分の飛び立つ時の音を聞かせてくれたみたいです。雑音が消えたのも後から耳をふさいでくれて、それで静かだったのと満たされたんです。いつも一緒だよと言う声がいつも聞こえます。
| ともこ | 2006/12/16 5:51 PM |

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12歳の特攻隊員
千葉県出身のTさんは、今年で74歳になるとは思えない闊達な方だ。彼は皮革加工の職
| そぞろ日記 | 2006/04/06 10:36 PM |
俺は、君のためにこそ死ににいく ストーリー
太平洋戦争末期、軍の指定である富屋食堂を切り盛りする鳥濱トメ(岸惠子)は、地元の知覧が特攻基地となったことを知る。トメは家族と離れて出撃を待つ若者たちが自分に会いに来ては飛び立っていくことを引き留めることもできず、複雑な思いを胸に秘めながら母親代わり
| 俺は、君のためにこそ死ににいく | 2007/04/20 4:40 PM |