07
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- : - : - : スポンサードリンク
2009.4.27

長い間、更新が途絶えてしまった。


馬鹿げた言い訳を述べれば、
ひとつひとつは時間が経てば何も残らない些事ばかりであり、
人間の薄汚い面を嫌というほど味わった日々であった所為でもある。


相変わらず乾いた虚無感だけが、日常の只中を流れているようで
世の中の様々な動きについても気には留めているのだが、
敢えて文章にする集中力、いわば心のゆとりがなかった。


だが、最近になってようやく落ち着き始めたこともあり、
そろそろ再開したいと思う。


今を生きること、そのささやかな記録として。

Monologue : comments(6) : - : kikyo
2009.1.11
政治、社会、家庭……
人心は暗鬱たる閉塞感に悶え苦しむ。
状況を根源的に問い直し、「変革」をもたらす希望が
いったい何処にあるというのか。

Monologue : comments(0) : trackbacks(1) : kikyo
千切れたノート



新しいノートを何気なく手に取った。


パラパラとページをめくり
さて何を書こうかと思案していた時、
私はあることに気づいた。

ちょうどノートの中ほどに
一枚分が破かれた跡を見つけた。


勢いよく引き千切った様子を物語る
ギザギザのまま残った切れはし。

いつ購入したのか、記憶は定かではなかった。
あるいは、誰かに貰ったのか……。

日記など記したことの無い自分にとって
記憶とは、破り取られたページのごとく
失われていくもののひとつだった。


椅子にもたれ、しばらく眼を閉じた。

朝から降り続いていた雨は、
いつのまにか雪へと変わり、
遠くサイレンの音だけが響いていた。


私は手許にあった青いペンを取り、
最初のページに Liberty とだけ書いた。
次の言葉は思い浮かばなかった。

その一言のみが、
この真新しくも不完全なノートに相応しいと
ひとり満足した。



傍で眠っている子どもの寝顔を見つめた。
握り締めた小さな手。
枕元には、丸まった紙くず。

それを拾い上げ、机の上で開いた。
千切れたノートのページには、何も書かれていなかった。

ただし……
菓子で汚した小さな指の跡以外は。


私は、幼い子の成長の標として
最初のページの後に、それを挟み込んだ。
青いインクがチョコレートの痕跡へと滲んでいく。


……或る冬の夜は
そうして過ぎていった。


Prism : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
「変革」の時
……2008年11月4日。
世界中の人々が望んだであろう「変革」への第一歩が、遂に刻まれた。
第44代アメリカ合州国大統領となるバラク・オバマ……私は「大いなる希望」も込めて、其の「変革」が実現することを期待したい。

早速報道された「勝利演説」(※後に全文を引用)を読んだが、何故、彼が熱狂的に支持されてきたのかを、存分に理解できる内容となっている。オバマに対する評価として、人心を掴む「言葉の力」が先ず挙げられていたが、恐らく此の日に備えて何度も推敲したであろう演説文にみなぎっているのは、真の「リーダーシップとは何か」を根源的に問い直した上で、自国民とともに「変革」を成し遂げようとする力強い意志である。

「……米国の(指導力の)灯台が今も明るく輝いているのか疑問に思っている人々よ。今夜、我が国の本当の強さが、武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力に由来することを改めて証明した。
……これが米国の真の才能だ。米国は変化できる。我々の団結は完遂できる。これまで成し遂げたことから、明日達成できること、そしてしなければならないことへの希望が生まれる」


実際にどう米国を変え、どう世界へ影響を与えていくのかは、今後の政策活動を視るしかないのだが、「武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力」こそ米国の「本当の強さ」だと高らかに謳い上げたことは、やや大袈裟に表現すれば感動的ですらある。

米国史上最悪の大統領であったジョージ・ブッシュJr.という存在への「反省」も含めた米国の「転換」が成功するか否かは、バラク・オバマ並びに其の側近に掛かっている。根深いレイシズムが引き起こした過去の悲劇が繰り返されること無く、健全なる「再建」と「平和の大義」が推進されることを祈りたい。


ところで、歴史的瞬間を迎えて高揚する人々を嘲笑い、例によって「下々の野郎どもが踊らされやがって」と云わんばかりに、極東の頓馬首相が第一声を発している。

記者−−米大統領選挙でオバマ氏の当選が決まった。黒人初の大統領となるが、感想を。
「そうですね。日本の場合は、どなたがアメリカの大統領になられようとも、日本とアメリカとの関係っていうのは、50年以上の長きにわたって双方で培ってきた関係いうものを、新しい大統領との間で維持していく。一番大事なとこじゃないでしょうかね」


阿呆にでも伝わるようにと記者がわざわざ「黒人初の大統領」と投げ掛けている意味も理解できない、凄まじいまでの愚鈍ぶりはどうだ。或の覇権国家でさえ「変革」して前進しようと宣言したというのに、米国の「甘い汁」を吸い続け、「国民」を愚弄したままに従属国家の「権力者」として居座りたい馬鹿男は、親分が誰であろうと関係無く、現状維持という間抜けな考えしか浮かばないそうである。「現状維持」とは即ち「後退」することに他ならず、旧態依然の自民/公明党の愚劣政府が存続する限りは、早晩米国は見限るだろう。


麻生太郎よ、
次の「演説」を100万回熟読して、少しは己を変えたらどうだ?

続きを読む >>
Situation : - : trackbacks(1) : kikyo
2008年10月30日『Under the Sun』にコラムとして掲載。



「国民のために……」と厚顔無恥な政治屋どもは云う。

猪首からぶらさげた腐蝕の「免罪符」を裏返せば、穢れた血で書き殴られた文字が、こう読めるだろう。
自民党ならば「私腹のために」、公明党ならば「名誉会長のために」。
麻生太郎ならば「豪遊のために」、安倍晋三ならば「怨霊/岸信介のために」、そして小泉純一郎なら「ブッシュと私の馬鹿息子二人のために」。
こんな奴らが平然とのさばり、「選挙」目当ての愚劣パフォーマンスに於いてのみ「下々」の顔を見下ろし、ドス黒い腹の中から腐臭漂う嘘八百を搾り出し、醜く歪んだ口先から不快な嗄れ声で雑音を撒き散らす。

森喜朗という真正の阿呆が「親や子供を殺すようなことが珍しくもない世の中になったのはなぜか。やはり戦後の日教組教育の大きな過ちだ」などと不遜にものたまい、長勢甚遠/鳩山邦夫/保岡興治/森英介という無能どもが「粛々」と人を殺し続け、薄汚い自己顕示欲で膨れ上がったレイシスト首相が異次元「秋葉原」で戯言を垂れ流す足元を、自らは選挙権も無いのに国会議員に成り上がったド素人詐欺師丸川珠代が下劣な笑みを浮かべて提灯で照らす。

此の無残なる「素晴らしき世界」。

私は耳を澄ます。生き生きとした人間の声を聞くために。
そして……或る女性が語りかける。
「今、暗闇の中にいる人や悩んでいる人も、どうか夢を持って一日を過ごしてください」と。

マラソン選手、高橋尚子の言葉である。
先日(2008年10月28日)、現役引退を表明した彼女は、その胸中を次のように表現した。
「……今は過ぎ去った台風のあとの、さわやかな風が吹いている感じ」
真の意味での「勇気」「癒し」を人々に与えることのできる人間像とは、彼女のような存在をいうのであろう。「さわやかな風」という心象に素直に共感できるのは、彼女自身が「走る」ことを通して多くの人々に同様の「風」を感じさせてくれたからだろう。

私はマラソンを含めスポーツ全般について特別な関心は持たないし、高橋尚子の熱心なファンという訳でもない。けれども、三年前の「東京国際女子マラソン」(2005年11月20日)に於いて彼女がもたらしてくれた爽やかな感動は、今でも鮮明に覚えている。過度の重圧の中で、しばらく満足の出来る結果を残せなかった彼女は、この日見事に優勝を果たして「復活」を遂げた。

レース直後の高揚した雰囲気の下、応援してくれた人々に向かって彼女が語った言葉。柄にもなく私は、彼女の「走る姿」以上に、心を揺り動かされたのだった。

「……人の温かさや力を貸してもらったという意味で、すごくうれしさを感じられた二年間でした。一度は陸上を止めようと思った時も、夢を持つことで一日一日を充実して過ごせました……」

そして、笑顔でこう続けた。

「……陸上に関係なく、今、暗闇の中にいる人や悩んでいる人も、どうか夢を持って一日を過ごしてください。一日だけの目標でも三年後の目標でも、何でも目標を持つことで、一日が充実すると思います。小学生や中学生はもちろん、三十代そして、中高年の皆さんにも、二十四時間という時間は平等に与えられたチャンスの時間です。二度と来ない、この一日の時間を精一杯充実した時間にしてください。今日は皆さんのおかげで私はとてもいい日になりました……」

繰り返すが、二時間以上を走り続けた直後に語った言葉である。高橋尚子の発言であればこそ輝きを放つコメントであり、俗な人間に真似が出来るはずもない。

決して己の功績を驕り高ぶることなく、まず支えてくれた人々に感謝の思いを伝え、自分のように脚光を浴びることが無くても日々懸命に「生き続ける」人々に対して、逆に応援のメッセージを捧げる。彼女は、自らを客観視することを常に心掛けていたのであろう。自分の言動ひとつひとつが報道されて少なからず影響を与えることを自覚し、「綺麗事」に終わらない「生きた」感情表現を試みた。堂々と「プロ」を名乗るに相応しい稀有なスポーツマンといえる。

だからこそ、
優れたマラソン選手のひとりである野口みずきが高橋尚子の引退に際して語った「(高橋尚子さんは)走る心がきれい」という表現に、私はすんなりと納得ができた。

無論、穿った見方をすれば、オリンピックに象徴される薄汚い商業主義と「マラソン界」は決して無縁ではないだろうし、高橋尚子自身を取巻く環境が「綺麗事」ですべて片付くものばかりでないのも解っている。ただ、現在の暗鬱なる社会状況下で、ひときわ眩い光を放ち続けた彼女の「陸上人生」に想いを馳せ、失われつつあった「夢」や「希望」を多くの人々に再び甦せてくれたという、その大いなる意義については、誰であれ認めざるをえないだろう。


彼女が走り終えた後に、常に笑顔で語る言葉には、気取った洒落も、辞書で引いた人生訓もありはしない。胸元に光るのは、嘗て自らの足で勝ち取った金色のメダル。その裏面に刻まれているのは、人々との交流の中で培ってきた自信と誇り。それらが、共に「生きている」ことを実感できる次のような言葉を生み出すのである。

「みなさんの声援が私の背中を押してくれました」

彼女のように駆け抜けることは無理かもしれない。けれど一歩一歩、歩み続けることはできる。
……ありがとう、高橋尚子さん。
ALIVE : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
星の断想
2008年8月1日『Under the Sun』にコラムとして掲載。


仕事帰り。駐車場に車を停め、少し離れた住居に向かう途上で、しばらく空を見上げるのが日課となっている。私の住む田舎では今でも満天の星を仰ぐことができるのだが、幼い頃に飽きもせず眺め続けた星空とは、随分と変わってきたように思う。

それは、汚染された大気を象徴するかのように靄のかかった天空を、極めて物質的な光を放ち飛行する航空機によって星々の輝きが翳んでいる所為でもあり、或いはまた宇宙や星に対するそこはかとない憧れの感情が年齢を重ねるほどに失われていき、私の視覚的な印象を変えてしまった所為でもある。



少年時代、山の斜面に陽が沈むのを待って、散歩がてら出掛けた公園の芝生に寝転がり、宵の明星から天の川が視える時分まで、ふと気付けば時間だけが流れていたという夏のひと時は、何かもが洪水に呑み込まれたかのように過ぎ去っていく現在を思えば、とても幸せな時間であった。

星との距離を表す単位である「光年」の意味を知ったのもその頃だった。
私の誕生星座である「蠍座」の一等星として、特に親しんだ紅いアンタレス……その輝きが約600年もの歳月をかけて到達していることに不可思議なる時空を感じ、広大な宇宙の神秘へと思いを馳せた。そして、どうあがいても100年も生きられない人生と、果てしない星の寿命を無謀にも照らし合わせ、不条理なる生命の終わり……つまるところは、子どもじみた死生観へと思考を巡らせていた。

私の命がいつか途絶えようとも、星々は変わらず天空に輝き続ける。
いま佇んでいるこの場所で、いつか見知らぬ人々が、同じように美しい星空を見上げ、様々な想いに浸る。時が流れ、人々の影は変われども、瞬く星々は変わらずに彼方に在り続ける……。

「科学の進歩」によって享受するものとは、きっと星の数ほどもあるのだろう。だが、それと同時に同じ数だけの星影が天空から失われているような気がする。例えば、無機質な高層ビル群が天上へと近づけば近づくほど星々の輝きが消え、最下層の闇がさらに深まっていくように。


……星の光が衰えれば、「闇」はますます漆黒の度を強めていく。

過日。此の国の無能政治屋/傲慢官僚どもが、「宇宙の軍事利用」を大前提とする其の名称からして馬鹿げた『宇宙基本法』という屑法を成立させた。条文には悪質にも「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」などと、誠に手前勝手な文言をわざわざ付け加え、またしても憲法の理念を土足で踏み躙り、戦争遂行を可能とする悪法の免罪符とした。足元の泥沼へと引きずり込まれていくことにも気付かない愚鈍な俗物どもが、口から涎を垂らしつつ見上げた先にあるものとは、己らの卑しい妄想を癒してくれる「軍事衛星」の薄汚い光と、此の地に飛来することを腹の中で渇望する「敵国」弾道ミサイルの麗しき幻影のみなのであろう。

「希望の光」であったはずの平和憲法の光芒は弱まり、鈍い月光に照らされた弾道ミサイルが闇の奥で不気味に光る。そして監視衛星は、まず「我々」自身を捕捉し続けているのである。



……閑話休題

流れ星が、星の死にゆく瞬間をとらえた現象ではないと知って落胆したのは、幼さ故のロマンティシズムであった。けれど、宇宙を漂う塵が地球の大気圏へと突入する際に発光したものが流星として定義されようとも、墜ちゆく星が想起させる脆さ/儚さを何ほども弱めるものではなかった。

『流星』 島崎藤村

門にたち出てたゞひとり  人待ち顔のさみしさに

ゆふべの空をながむれば  雲の宿りも捨てはてゝ

何をかこひし人の世に  流れて落つる星ひとつ


やるせない心の揺らぎを象徴するかのように、星が流れてゆく。
孤独であればなおのこと、情景はより甘美な心象として昇華してゆく。

……詩人が見上げた星空を、今夜はゆっくりと眺めたいと思う。

ALIVE : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
続・失われゆく心の糧
愛する母親の手によって生命を絶たれた少年は、此の無残なる「終焉」を天上でどう受けとめているのだろう。

己を殺した母親は、罪を償い懺悔する「機会」さえ奪われたままに、其の背に鮮血で刻まれた子殺しの名のもとに、永遠に地獄の淵で泣き叫ぶしかないのである。
血塗れの両手からは、あたたかい愛情の交感の記憶とともに我が子の幻影が浮かび上がり、抱きしめようとするたびに、指先に絡みついた「電気コード」がぐるぐると子どもに巻きついていく。

……かわいそう。

それは、母親自身が発した声ではなく、愛する子どもの声ではなかったのか。
才気に溢れ、己をどこまでも愛してくれた少年の嘆きではなかったのか。

八戸・小4男児殺害の母は不起訴「心神喪失状態」

青森県八戸市で4月、小学4年生の長男(当時9)が首を絞められて殺害された事件で、殺人容疑で逮捕された母親(30)について、青森地検は6日、不起訴とした。母親は4月18日〜今月2日まで精神鑑定を受けており、地検はこの結果、母親が統合失調症による心神喪失状態だったと判断。事件の責任能力を問えないとした。
調べによると、母親は4月2日午前9時ごろ、自宅2階の寝室で、長男の首を電気あんかのコードで絞めて殺害したとされる。母親は「(長男が)かわいそうだから殺した」という趣旨の供述をしていた。だが、供述内容はあいまいで、つじつまが合わない部分があったことから、起訴前の精神鑑定を受けた。
長男は事件前日の1日に4年生になったばかり。作文や詩が大好きだった。〈おかあさんは とってもやわらかい ぼくがさわったら あたたかい 気もちいい ベッドになってくれる〉などと、母親への愛情あふれる「おかあさん」という詩を書き、小学生対象のコンクールで入賞していた。【朝日新聞 2008.6.6】


己の分身である子どもを殺めた罪を問われることは、もはや無い。
だが、たとえ精神が病んでいようと、「正気」であろうと、
人間としての「終わり」を、私は此処に視るのだ。

彼女は「許された」のでない。
子殺しという大罪の「許し」を請うこと自体が、未来永劫「許されない」のである。
人間としての「救済」は拒否され、社会的「異常者」としての烙印と闇への路が示されることとなる。つまりは後戻り出来ない「終わり」への路だ。

果たして、少年はこのような母親の「終焉」を望んだであろうか。
嘗ては溢れるほどの愛情に満ちた母親から喪失していく人間性……あの母性の有り様を。



私は、天空を見上げた。

其処に微かに瞬いていたであろう星が、人知れず堕ちていく。
私は眼を伏せ、少年のために祈った。


【「失われゆく心の糧」 2008.4.3】
Situation : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
mélancolie
mélancolie

……飢えて死にゆく子どもを前にして、『嘔吐』など何の価値も無い。
   Jean-Paul Sartre


サルトルを読み返す日々。
彼の生きた時代よりも更に「文学」は不毛/無力となり、遺物の如き「哲学/思想」などは図書館の片隅で行儀良く埃にまみれている。


……飢えて死にゆく子ども、
抵抗する力も持てないままに殺されゆく子ども、
そして、自ら死を「選択」する子ども。

……誰が、彼らに、手を差しのべるのか。


彼らの喉元にまで迫った血塗れの鉤爪を圧し折る力を
我々一人一人が持たずして、生きることに何の価値があるだろうか。


サルトルが自らの文学を無力と断じたことも、ひとつのパラドックスである。眼前で死につつある子どもを救う「神の手」など持たずとも、「死」へと向かう子どもを直前で抱き上げ、「生」へと引き戻すあらゆる手段/智慧を、我々は持てるのである。

サルトルの遺した膨大な著作群を読み解くことは、其のひとつの手段であり、最も有効な近道でもある。

例え『嘔吐』に力は無くとも、其処に価値の無意味を表したサルトルの思想からは、子どもを救う力が必ず見い出されるはずなのだから。




Existenzialismus : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
花弁の記憶
2008年5月8日『Under the Sun』にコラムとして掲載。





現在、一歳半になる息子は、最近では母親を真似てベランダにある鉢植えの水遣りを手伝うようになった。もちろん手伝うというよりは、必死に親の後について、その行動を追いかけているだけなのだが。

澄み切った碧い空を背に、幼い子と妻が仲良く花に水を遣る何気ない日々の情景が、掛け替えのない幸福感を私にもたらしてくれている。


赤、紫、黄色……、色とりどり花弁は春の風に揺れ、ほのかな香りで私たちを包み込む。息子は片手に持った宝物の玩具を得意気に持ち上げ、もう一方の手で綺麗に並んだ鉢植えを指差す。

じっと私を見詰めたあと、息子は白い歯を見せて無邪気にはしゃいだ。
水遣りを終えて振り返った彼女が、愛する我が子に微笑みかけた。
足元では、一緒になって笑っているかのように、小さな水滴をのせた花々が陽光を浴びて煌めいた。


アッ、と子どもが叫んだ。
眼を細め、彼が見上げた空には、真っ白い飛行機雲が一直線に伸びていた。
名も知らぬ鳥の影が、それを横切った。母親の肩にもたれ、いつまでもその行方を追っている彼を抱き上げ、言葉をかけた。


時が経てば、花は枯れ、季節はまた巡る。
再び、子どもが青いジョウロを手にする時、必ず傍らには私たちが微笑んでいることを願い、此の一瞬を、私は記憶の淵にそっととどめた。

ALIVE : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo
失われゆく心の糧
2008年4月3日『Under the Sun』にコラムとして掲載。
※追記あり (2008.4.4)




食卓を笑顔で囲む親子のふれあいが、まるでテレビドラマの如く紗のかかった情景へと移り変わっていったのは、いつの頃からだろう。そして、胃を満たすこと よりも先ず「愛情」に飢え、ささやかなぬくもりを求める子どもたちの願いが、何故かくも残酷に奪われ、失われていくのだろう。

愛情の飢餓の中、子どもたちは必死に手を差し伸べる。けれども、其の指先を無慈悲にも振り払う者が、有ろう事か我が身を生んだ「親」であったという事実を 知る時、幼く脆い心は身体とともに一瞬にして朽果てていく。愛する者の変貌した形相を脳裡へと焼付け、「何故わたしは生まれたのか」という絶望的問い掛け の中で、無垢なる心は粉々に砕け散っていく。

『おかあさん』

おかあさんは  どこでもふわふわ

ほっぺは ぷにょぷにょ  ふくらはぎは ぽよぽよ
ふとももは ぽよん  うでは もちもち
おなかは 小人さんが  トランポリンをしたら
とおくへとんでいくくらい  はずんでいる

おかあさんは  とってもやわらかい
ぼくがさわったら  あたたかい 気もちいい
ベッドになってくれる

青森県八戸市立美保野小学校2年 西山拓海


少年は、溢れんばかりの愛情を込めて愛する母に詩を捧げた。

……2008年4月1日。
彼は、母親自身の手によって絞殺された。


詩「おかあさん」で受賞の男児、30歳母が絞め殺す
容疑で逮捕−−青森・八戸


◇自宅の子供部屋で
青森県警八戸署は1日、長男を絞殺したとして同県八戸市美保野、無職、西山未紀(みき)容疑者(30)を殺人容疑で緊急逮捕した。容疑をおおむね認めており、同署は動機を調べている。

調べでは西山容疑者は1日午前9時ごろ、自宅2階の子供部屋で、長男拓海(たくみ)君(9)=市立美保野小4年=の首を電気コードで絞めて殺した疑い。拓 海君には布団がかけられ、電気コードは室内で見つかった。西山容疑者は50代の父母と拓海君の4人暮らし。母親の通報で署員が駆け付けると、西山容疑者が 家の中にいた。

美保野小の長尾誠治校長らによると、学校周辺は工業化が予定され、新住民の流入が規制されているため在籍児童は増えないといい、07年度は3〜5年生の計 4人で拓海君は最年少。7日に新1年生4人が入学予定で、拓海君は「お兄さん」になるのを楽しみにしていた。明るい性格で図書委員を務め、将来の夢は「電 気屋さんになりたい」だった。学校は、子供の安全を考えて下校時は保護者が迎えに来ることになっている。西山容疑者も拓海君をよく迎えに来ており、3月 26日の修了式にも出席し、変わった様子はなかったという。

拓海君をよく知る男性によると拓海君は07年、仙台市の詩人・土井晩翠を記念し、小・中学生の詩作品を集めた第48回「晩翠わかば賞」で佳作を受賞。作品 名は「おかあさん」で、男性は「(ふくよかな感じの)お母さんの体に触るとぷよぷよして気持ちがいい、という内容だった。目がくりくりして、人懐っこくて 元気で明るい子だったのに……」と驚いていた。【後藤豪、喜浦遊】 【毎日新聞 2008年4月2日】


此の世に生を享けて僅か9年。
明日への希望に胸をふくらませていたであろう少年は、何故殺されたのか。
何故、「あたたかい 気もちいい ベッドになってくれる」愛しい母親によって、未来を閉ざされなければならなかったのか。温かい夕食を終え、優しい母親に もたれて、ウトウトとまどろんだ昨日までの情景とは、いったい何だったのか。在籍児童が僅か4人で最年少、この春から入学する新一年生たちとふれあう日々 を心待ちにしていた優しい少年の心は、何故叶わなかったのか。

別の報道によれば、母親は「収入がなく、将来が不安になってやった」と供述しているらしいが、未来へと希望を繋ぐ糧となるはずの子どもを殺すことで、いっ たい何が「得られる」というのか。身勝手極まりない「動機無き殺人」。此の殺人者が仮に「心神喪失」であろうとなかろうと、己の子の首を「電気コード」で 絞めた感触を、地獄の果てまで忘却することなど出来はしない。

少年が「おかあさん」と題した詩を、どんな気持ちで書いていたのか。
我が子を殺した母親が、それをどんな気持ちで読んでいたのか。
そして、我々は此の非業の顛末を、どう受け止めるべきなのか。


さらに、愛情の飢餓ばかりでなく、最低限の生存条件さえも奪われた子どもの死を前にすれば、人間の「理性」というものが如何に粗悪なものであるか、について改めて問い直さざるを得ないだろう。

京都で3歳男児、虐待で餓死

京都府長岡京市で男児(3)が餓死した事件で、保護責任者遺棄致死容疑で父親(28)とともに逮捕された、内縁の妻(39)は、餓死まで1カ月間、男児に4−5日に1回コーンフレークを与えるだけだったことが、23日までにわかった。

京都府警向日(むこう)町署によると、両容疑者は9月中旬から男児にまともに食事を与えず餓死させた疑い。男児の顔には殴られたようなあざが複数あり、3 歳児の標準 体重の半分の約7キロだった。 内縁の妻は「3歳になってもおむつが取れないので、しつけのためにやった」と供述。 父親も当初は虐待を容認していたが、同月下旬に衰弱した男児を見て、「このままでは死んでしまう」と制止した。内縁の妻は聞く耳を持たなかったという。
 
父親は離婚後、2年半ほど前から男児と長女(6)を連れ内縁の妻と同居。昨夏ごろには長女がトイレの窓から顔を出し、「食べるものをちょうだい」などと通行人に訴える姿が近所の人に何度も目撃されたという。 (以下、省略) 【産経新聞 2006年10月23日】


最も惨たらしい死に方とは、まぎれもなく「餓死」であろう。
しかも、例え鬼畜であろうと親の手を借りざるを得ない幼児が、幾ら泣き叫んでも食べることさえ出来ないという地獄を死の直前まで味わったことは、決して許 されることではない。「虐待」などという生易しい表現で済まされるものではなく、たった3歳の子どもに碌な食事を与えなかった鬼畜二人は、人殺しと呼ぶに 相応しい。

生きる上での糧となる愛情ばかりでなく、小さな身体に暴力を受け続け、生存の糧となる食料さえ授からなかった子どもの悲惨さは眼を覆うばかりである。


無論、上記二件の子殺しは、異常な犯罪の極端な一例に過ぎないかもしれない。けれども、幼児虐待/ネグレクトの状況を追えば、罪過の大小を問わず日々我々 の身近で起こっていることなのである。夕暮れの食事時、隣家で聞こえる親子の笑い声が、明日には子どもの啜り泣きに変わることも当然ありうることだ。


今日、「食の安全」の名のもとに我々の食卓には確かに「安心/安全」な「あたたかい」料理が並ぶことだろう。けれども、其の料理を作り、子どもたちに差し出す親の手が等しく愛情に溢れたものとは限らない。
何よりも確かな愛情の交感こそが生きる為の糧となるのであり、生き続ける本能を刺激して安定した食事、睡眠等へと繋がっていく。


子どもたちから失われていく心の糧。
其の尊い糧を先ず育むことこそが、我々一人一人に課せられた責務である。


【追 記 (2008.4.4)】

八戸市で母親に殺された少年は、才気に溢れた心優しい子であったようだ。
私は以下の記事を読みながら、胸に熱いものが込み上げてきてどうしようもなかった。

西山拓海君の作品「ぼくは、ガーデニング王子」
ぼくの畑からは、命がぴゅこんと毎日生まれます


八戸市立美保野小4年、西山拓海君(9)が1日、自宅で母親に絞殺されたとされる事件で、拓海君は3年生の時に「ぼくは、ガーデニング王子」と題する作 文=写真=を書き、今年2月の全国コンクールで最高賞に選ばれていたことがわかった。野菜を育てる喜びなどをみずみずしい文章で表現し、3月12〜16日 には東京都内のギャラリーに展示された。
その約2週間後、拓海君は殺害された。(竹村一朗、板倉孝雄)

このコンクールは、財団法人「児童憲章愛の会」(東京都千代田区)が主催する「第55回全国小中学生優秀作品コンクール」。作文と写真、図画、書写の4部 門があり、作文部門には全国から計1万441点が寄せられた。拓海君の作品は、小学1〜3年の部で最高賞の「文部科学大臣奨励賞」に輝いた。

この作文は、400字詰め原稿用紙5枚に及ぶ力作。自分の手で汗水を流して畑を作り、小遣いで買ったナスの苗を植えたことや、級友に「ガーデニング王子」 と名付けられたうれしさなどをつづっている。畑のうねを1人で作っていて母親が手助けに来てくれたことや、農作業が大変で母親に助けを求めたい気持ちが何 度もこみ上げた様子などがつづられており、母子の仲の良さをうかがわせる内容にもなっている。

審査員は講評の中で、「生命観、躍動感あふれる作品。草取り、土おこし、うね作り、水かけ、どれも大変な作業。その姿を見守る家族のやさしさ。こどもらしい表現もあり、拓海君の元気な姿が目に浮かんできます」としている。

同会などによると審査結果が拓海君に伝えられたのは3月上旬で全校で受賞を祝ったという。作品は同月12〜16日、東京都渋谷区のギャラリーで開かれた展覧会で、多くの来場者の目に触れたという。

農作業をする拓海君の様子について、近所の主婦(75)は「約2年前からヒマワリなど一生懸命育てていた。学校帰りに畑の様子をみて、草取りをすることも あったが、お母さんはそばで優しく見守っていた。それなのに、どうしてこんな事件が起きてしまったんだろう」とやるせない様子で話していた。【読売新聞  2008.4.4】


小遣いで買ったナスの苗を植え、自分の畑を汗水流して作った。彼は、傍でいつも母親が優しく見守ってくれていたからこそ、頑張れたのであろう。「農作業が 大変で母親に助けを求めたい気持ちが何度もこみ上げ」ながらも、母親を気遣い、できるだけ自分の力でやりきろうという、少年の純粋な心。

彼は何故、死なねばならなかったのか。


薄れゆく意識の中で、少年が流したであろう涙とは、
苦しみでもなく、怒りでもなく、
自分を愛してくれていたはずの母親への、
哀しく儚い想いを浄化するものであっただろう。

こんなにも素晴らしい少年に育てた母親。
……ただ、それだけに、辛いのだ。


西山拓海くんが、せめて天国で安らげることを心から祈りたい。
……そして、母親の記憶がいつまでも優しくあることを。

Situation : comments(0) : trackbacks(0) : kikyo